過去編




ゴツゴツとした感触。マメをすりつぶして上からマメを作ったような石の塊。手を合わせると凸凹としてちゃんと引っ付かないし、爪の間には土と血が混ざったものが入り込んでいた。


彼はそんな手をふるふるとなんでもないように揺らして私に笑いかけていた。

マメだらけで、もう痛いなんて感覚さえ麻痺してしまっているだろう手で、大きな動きをさせてこちらを鑑みながら。


そんな彼が――幸村君がかっこよくて、羨ましくて。

それでいて、愛しく思えた。




手というのはその人の人生を物語っていると本に書いてあったのを思い出した。


とったり触ったりする為に存在する両手はそのため色々な傷や痛みや暖かみに触れやすい。


幸村君の手は綺麗に汚れていた。擦り傷や切り傷は多いけど、それは練習の傷跡。
キラキラと光る、成果の勲章

羨ましかった。
なにかに夢中になれる幼なじみが。
夢中になっている幸村君が、羨ましかった。

でも今の彼はどこか苦しそうで
夢中なんて言葉、何処かに途切れて流れていったようだった




「やっぱり、部長っていう役職は重たいのかしら」

「そりゃそうじゃ」



屋上。綺麗な夕焼けを見ながら呟くと、びっくりなことに返事が返ってきた。

マクベス。
そう名付けた彼がまたこないだと同じように下にいる。
さっき忠告を受けたばかりのはずなのに会ってしまったわ、どうしよう



「また会ったのう」

「そうね」

「お前さんはいつも上におるの」

「気が向いたときだけしか居ないわよ」

「そうか?」

「そうよ」



靴がすり減る音
寝そべる擦れた音

彼は私と同じ体制で寝そべっているのかもしれない。

そう思いながら話の続きをする


「あなた、なに部かの部長さん?」

「違う」

「じゃあなんで役職が重たいって思うの?」

「見てれば……分かるじゃろ」


少しつまった声が耳に届いた。

そうよね、彼も分かるんだわ

息をしづらそうに生きている、彼ら達が。



「重圧、なんじゃろうな肩に乗る苦痛は。肩にのし掛かる重りは」

「でもなんであんなに苦しそうなのかしら。楽しいことをしている筈でしょう?楽しいから続けてる筈でしょ?それなのに、苦しそうだわ」



まるで楽しくないみたいに。
病気にでもかかったみたいに。

水の中で泳いでいる。
まるでエラを持たない魚

「それが、部長なんじゃろ」

マクベスは静かな声で私にいう。

「みんなを率いていく王なんじゃ、苦しくならないわけがない」

「でも」


私は、幸村くんに笑って、楽しんでテニスをしてもらいたい

好きなことをしてもらいたい
今までどれほど辛くて過酷なリハビリをうけていたのは私は知っている
どれだけ生ぬるくない絶望をうけてきたか、見ている
だから


「勝つんだって、絶対勝つんだって、自己暗示みたいに言ったりして欲しくない。勝つんだってことは楽しむんだってことを忘れて欲しくない。王であろうが革命者であろうが将軍であろうが賢者であろうが魔女であろうが生きているということを忘れないように、その為に勝つんだっていうことを、忘れないで欲しい」


ただ勝つんじゃなくて
楽しく勝って

「だってテニスが好きなんだから。楽しくやって欲しい」


夢がある幸村くんのことが羨ましくて、寂しくて
だけど、それ以上に嬉しくて
テニスを始めた幸村くんは強くなった
私が守ってあげていた昔よりも逞しくなって
幼馴染みの成長は急激だったけど、それでも根っ子の部分はかわらない


「勝つことが全てなんかじゃない。勝てなくちゃ意味がないなんてそんなことない、負けることにだって意味はあるし、負け続けることにだって意味はある。楽しむことこそ重要なの」


好きこそものの上手なれ
そんな世界なんだから


「楽しんで」


空気に拡散していく呟きは空に溶ける

マクベスは小さく呼吸をするように呟いた


「そう出来ればいいんじゃがのう」


自分でも綺麗事だと分かっているから胸にその言葉が引っ掛かる。きっと私の言葉では幸村君は楽しまない、きっと私じゃあ無理なのだ、彼の心には私では届かない。好意を抱かれていても、テニスのことについては私はズブの素人で彼の心の暗闇、一番大好きで彼の心ともいえるテニスには口出し出来ない。私はみているだけ、そして彼もそれを望んでいる。みているだけでいいと、そう望んでいる。

だから、彼は楽しめない

私なんかの言葉で彼は改心したりはしない。
勝利が絶対だと、幸村君はいうのだろう。
きっと、何かがおきない限り、彼はテニスで笑ったりはしないのだ
あのときの幼い満面の笑みなど、絶対に。


幸村君は成長した。幼い頃よりも責任感が出てきて私のことまで心配してくれる。でも彼は自分のことには無頓着で、ただテニスをするだけでいいと昔から言っていた。病院で手術をしたときだって彼は俺にはテニスしかないといっていたのだ。ただテニスだけ、そこにテニスの楽しさは、ない。テニスで勝つこと、それしかない、オズの魔法使いのロボットのようだ。心がない。ただ彼とロボットの違うところは心を欲していないこと。テニスの楽しさを求めていないこと。



不甲斐ない自分が嫌で、心配されているのに助けも出来ない私はただ綺麗事を述べるだけで彼には届かなくて。喉をつっかえる言葉の集まりは熱となって競り上がってきて、今にも溢れだしそうだ。

たぶん、この感情は簡単には消えてはくれないのだろう
屋上からテニスボールが打たれるのが見えた。緑のコートを黄色い打球が切り裂く。
私もテニスが出来ていれば、幸村君に何かしてあげられたのではないかと思うとまた熱が競り上がってきた







  
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