SHE
「友! ・・・・・・と、仁王」
「幸村君」
お化け屋敷からようやく離れ、海原祭をぶらぶらしながら楽しんでいると、花壇の前で幸村君に会った。制服姿に戻っている。マクベスの甲冑姿も似合っていたが、やはり一番見慣れている制服が落ち着く。そういえば、美化委員だっけ。
こんなときに花の世話だなんて偉いとお気楽な考えはしない。こんなときだからこそ、彼はここにいるのだろう。彼はテニス部の元部長、容姿端麗で学校全体の人気者。誰もが一緒にまわりたいだろう。そんな人たちをかわしてこんなところに来ているのだから、喧騒から逃げたいのだろう。
邪魔してしまったかしら。
そうそうに立ち去るべきだろう。
軽く会話をして去ろう。心に決めて幸村君に近寄る。
「おまけ扱いとはひどいのう」
仁王君がすねた顔をする。弟が兄にかまって欲しいというような雰囲気。関係性が垣間見えた気がして無意識に口が緩む。
「いや、見えなくて」
うそだ。口元がたゆんでいる。仁王君もそれに気がついたようで、わかりやすくむっとする。
「それはそうと、二人してどうしたんだい?」
空気を読んでか、それとも無意識でか幸村君は話を戻した。
「見て回っているの。・・・・・・邪魔したわね」
「いや、丁度よかった。俺も戻ろうと思っていたから。一緒に行ってもいいかな」
頷こうとした私よりも早く仁王君が遮る。
「だめじゃ」
否定した仁王君に驚く。まさか仁王君が断るとは思わなかった。
さっきおまけ扱いされていたのがそんなに悔しかったのだろうか。心が狭いわね。肘でつつくが、仁王君はこちらを見ない。幸村君と見つめ合っている。
数秒後、声を出したのは幸村君だった。
仁王君に向けていた視線を私に向けてじっと見つめて目尻を下げる。
「友だめ?」
子犬のような目で見られると弱い。でも、仁王君は断ったし、私の独断で決めるわけにはいかない。
「仁王君・・・・・・」
「だめじゃ。次にいくところがあるじゃろ」
「どこに行くつもりなのよ」
「屋上」
するとどうしてだろう。幸村君の顔がみるみるうちに曇っていく。
ミルク色の肌が空のように青くなっていく。
「お、屋上・・・・・・」
「大丈夫? 顔色が良くないわ」
「友こそ、大丈夫なの」
中学生のときとはいえ、彼は病床に伏せていた。もしかして、その後遺症が・・・・・・。考えているうちに、幸村君に問われて目を丸くする。
私より幸村君のほうがひどいじゃない。
「別に大丈夫よ」
訝しげに返すと、ますます幸村君の顔色が青ざめる。
保健室に行ったほうがいいんじゃないかしら。小さく、震えている。
「保健室にいく?」
「いや、いいよ」
苦しげに微笑まれても安心できない。幸村君は花壇の近くに座り込んで、私に背中を見せる。
屋上にはついてこないらしい。
彼は気丈にも座り込んで花壇の手入れを続行していた。
幸村君が枯れた花弁を積んでいく。しゅわしゅわの花弁が地面の上に何枚も重なる。
そういえば、枯れた花は摘めねばそれだけ栄養を奪ってしまうのだという。
でも、それって悲しい。
数日前には可憐に咲いていたのに、邪魔者扱いなんてひどいじゃないか。
「哀川、いくぜよ」
「うん」
すぐ隣にいってあの花はなあにときいたら自慢げに答えてくれるだろうか。
仁王君が指を引っ張って急かしてくる。
後ろ髪を引っ張られる。
後悔を残しながら、その場を後にした。