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演劇も佳境に突入した。王様を殺し、息子達に罪を着せたマクベスは自らを王として君臨した。
しかし、友人でもあるバンクォーを恐れたマクベスは子供共々殺してしまおうとする。暗殺者により息子は殺されるのを免れたが、バンクォーは殺されてしまう。
そして、マクベスは死んだはずのバンクォーの幽霊を見ることになった。
そこからは谷底を転がり落ちるように転落していく。
そして、マクベス夫人は精神的に病んで先に死んでしまった。知らせを聞いたマクベスは、驚きのあまり茫然自失として部下の話もろくにきいてはいなかった。劇をするにあたり付け加えたマクベスと夫人の心温まる結婚式の話から一変、彼は失意のどん底に突き落とされてしまったのだ。まるで自業自得だと言わんばかりに。
ゆらゆらと覚束ない足取りでマクベスは歩む。近くにあった上等な皮で出来た椅子に座ると、足を小刻みに震わせて部下に怒鳴り散らす。
「甲冑を、甲冑を持ってこい!」
「は、はいっ」
上擦った声を上げた部下が部屋を出ていくと、天井を仰ぎ見て、乾いた笑みを浮かべた。
「お前は私を置いて行くのか」
手を高々と上げて、彼は視線を恋しそうに天井に向けていた。
マクベスがゆっくりと言葉を紡ぐ。一つ一つに悲しみが乗っていた。苦しくて辛くてどうしようもない。どうしてそばにいてやれなかったのだろう。なぜ死んだのだ。怒りや嘆き、複雑な感情が入り乱れてそれを抑えつけるようにゆっくりと手が下がっていく。
鼻を啜って、掠れた声で、くぐもった声で、呟いた。寂しいのだと、誰もが分かるような小さな声だった。
「どうして……っ」
声は大きくなり、やがて怒鳴り声に変わる。座っていた椅子を蹴り倒して、それでも彼の怒りは、悲しみは止まらない。
「どうして……! どうして、置いて行く……!!」
ポロポロと涙が零れていた。王を殺し、王の息子達に罪を着せ、友人までも殺した男が妻が死んだことでそこまでするのだ。身から出たサビだと誰もが言うだろう。だが、そうだとしてもマクベスは憎まれ続けるような存在だったのだろうか。友人を殺してしまってその幽霊を見てしまうぐらいの精神状態だった彼を、憎み続けることが出来るだろうか。私だったらきっと出来ない。できそうもない。人間らしい彼を憎み続けることなんて。
マクベスは涙を拭わなかった。
「この世界は一つの劇に過ぎない。老若男女問わず、その舞台の役者でしかないのだ。ならば」
マクベスは高らかに言う。
「決められた配役の上で私は踊ろう。意味のない物語であろうと、今日消えゆく命であろうとまた君と地獄で逢えるまでは」
そして、マントを翻す。遠くの方で甲冑を持ってきた部下の足音が聞こえる。
「だからどうか、私を許して欲しい。君を救えなかった私を。君を助けることができなかった私を。自分の欲に眩み君に悪を強制させてしまったことを。君を壊してしまったことを」
どうしてだろう。
マクベスは真っ直ぐ私を見ているような気がした。舞台ではよくある目が合った状態。彼は私を見ているのだと思った。そこでやっと自分が何者であったかを気付く。そうだ、彼は私に言っていたのだ。私はマクベス夫人なのだから。
「ちゃんと謝ってみせるから」
部下の足音が大きくなり、暗転する。もう自分には出番がないはずなのに、緊張する。もうここからはマクベスが負ける結末しかない。でも、どうか勝って欲しいと思った。あなただけは生き延びて欲しいと思った。役に入り込んでいるおかげなのだろうか。それとも、彼にはもう負けて欲しくなかったのだろうか。分からない。けれど、本当にそう思った。
そして、マグダフにマクベスは負けた。
拍手と歓声が湧き上がる中、汗だくの幸村君にお疲れ様と告げる。あとはカーテンコールだけだ。清々しい笑顔で幸村君が答えた。
「楽しかった」
「私もよ」
初めてこんなに人に拍手されているかもしれない。胸を何回も打つような驚きと充実感で一杯だ。
「やってよかった?」
「やってよかった!」
心からそう思う。歓声の中注意して聞いていたらしい幸村君が顔を綻ばせる。緩んだ顔は、マクベスだった時の勇ましい表情とは別物だった。
でも、そう顔を緩ませるのはまだ早い!
幸村君の手を引っ張る。さっき幸村君がいた劇上に逆戻りだ。西置さんとアイコンタクトをとる。頷いてくれた。以心伝心みたいでかっこいい。まだ劇は終わってない。だってまだマクベスと夫人は逢っていないのだから。ちょっとと声をあげる幸村君も劇上にくると大人しくなった。カーテンはこのあとのカーテンコールのために閉ざされていた。私は幸村君を抱きしめて、首筋に顔をうずめた。
息を飲む音がまじかで聞こえた。
舞台の幕が開く。ここからは、誰も知らない二人の話し。十分に話し合えなかった二人の話し。もしかしたら、夫人だって私のように幸村君を守りたかったのかもしれない。自分のエゴであることも理解できず、感情が暴走してしまって。ならば、謝るのはこっちだてやるべきだ。
だって、夫人はマクベスに王を殺させるべきではなかったし、一人で抱え込むべきではなかったのだから。精神を病むぐらいに抱える必要なんてどこもなかったんだから。
「ごめんなさい、あなた」
肩口から顔をあげてゆっくりと顔をなぞる。眩しい光が入ってきた。そして、彼の顔が見える。ああ、そうだ、こういう人だった。確かめるように、探って行く。
「私はあなたのこと……!」
悪の道に走らせてしまった。
一人で戦場にいかせてしまった。
一人で死なせてしまった。
死が二人を別つまで。結婚式で誓った約束。それがこんなにも無常のものになるだなんて。
伝えたいことは沢山あるはずなのに、言葉につまる。どうしたら伝わるだろう。どうすればいいのだろう。どうしたらよかったのだろう。
「もういい」
気付けば二人とも泣いていて、前なんて見えなかった。それでも確かめるようにお互いの頬を触る。
「もういいんだよ。もう終わったんだ」
「……死んだの?」
「ああ」
晴れやかなものいいだった。
「死んでしまった」
「どうして」
責めるような口調になってしまう。
どうして。あなたは生きていて欲しかったのに。あなただけは生きて欲しかったのに。
「いいんだ、もういいんだよ」
「ごめんなさい、ごめんなさいっ」
「それは私の台詞だ」
髪をゆっくりと撫でられる。
「許して欲しい、私のことを」
「あなたを?」
「私のことを」
答えは決まり切っていた。
「恨んでなんかいないもの、謝られても許せないわ」
ぐっと今度は幸村君の方から抱き寄せられる。涙が肌の上に落ちて行く。
「ごめんッ、ごめんね。こんな人間で、ごめんね」
「そんなあなたを好きになったのよ」
「ありがとう、死ぬほど嬉しいよ」
肩をポンポンと叩く。子供のようで、勇ましくてでも人間らしいマクベス。
「分かったんだ、主君を殺して、友人を殺して、何より君を殺して王になっても意味がないって」
そんな彼が好きだ。夫人の気持ちが分かる。彼を王にさせてあげたい気持ちがわかる。彼が望んだ通りにしてあげたくなる。でも、それじゃあ駄目だ。それじゃあ死んでしまった。もし生き返ることが出来たら、彼を止めなくてはいけない。彼を押すのではなくて止めるべきだったのだ。
「君がいないのに、あの世界にいるなんて耐えられない。地位も名誉も王冠も勲章も王座もいらない。だから、そばにいて」
痛いほど抱きつかれて、声を出すのも難しい。でも、無理矢理、声を出した。
「ええ!」
「ありがとう」
「地獄でも、ずっと一緒に」
「ああ、罪を償い、罰を受けよう」
「そしていつか天国にいくことが出来たなら、また挙式を迎えましょう、マクベス」
「そうだね。二人なら出来るよ」

閉じられていくカーテン。鳴り止まない拍手。きつく抱かれた私は幸村君を抱きしめ返す。そしてやってくる西置さん達。どてどてと張り手でつかれた幸村君は床に転がって、それでも気が付かれずに彼女達は私の手を握る。まだカーテンコールは終わっていないのに目を赤くさせた彼女達は感動をありがとうと口々にお礼を言ってくる。
いつもは優遇される幸村君が男子に同情されて肩を叩かれていた。なんだか面白い。
「カーテンコールまだなのに、もう」
拗ねているような口調なのに、西置さんの顔は晴れやかだ。私と視線が合うとニッコリと笑ってくれた。
「よく思いついたね、後日談なんて」
「劇を楽しめって言ったでしょう? だから最後まで楽しんでみたくなったの」
「合わせた幸村君もすごいけど、やろうと思った哀川さんはやっぱり凄い」
「ごめんなさい、台本にないことをしてしまって」
「気にしないで。この通り舞台は上手くいったんだから。カーテンコールはまだだけど」
そういうと西置さんはパチンと手を叩いて衆目を集める。
「カーテンコールだよ! みんな並んでー!」
名残惜しいとばかりに私の手を握ってみんなが壇上へ移動していった。残ったのは主役である幸村君と私だ。見合って、おかしくて笑った。彼はぽかんとしたが、そのうちあははと小さな声で笑い出した。なんだろう、久しぶりに幸村君と笑いあったような気がした。
「行きましょう、幸村君!」
「ああ!」
クラスメイト達から幸村君と私の名前が呼ばれる。
スポットライトがキラキラと当たるその場所へと駆け出した。








  
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