Sheサイド



「踊らんのか」
「踊らないわよ、ミュージカルじゃないんだから」
ため息をつきながら、台本から目を上げると仁王君は気怠げに頭をわしわしと乱暴に撫でる。この頃一段と憂いを帯びていて、色気があるという話しは本当だったらしい。不覚にも胸がどきりと高鳴った。
「歌もなし?」
「なしよ」
「戯曲、なんに」
不服そうな顔をされるが、踊らないし歌わない。音源は引っ張り出してくればなんとかなるだろうが、この短時間では無理だ。だいたい、歌うとなると必然的に幸村君が負担することになってしまう。そこまで彼に負んぶに抱っこしてもらう気はさらさらなかった。
「それにお前さんが出るとは思わんかった」
「しかたないじゃない、付き合いってやつよ」
「柄じゃなか」
「…………もうあんな目はいやだもの」
思い出すのは侮蔑と同情と一握りの安堵。なにも出来なかった自分と、なにもしなかった彼女達。知っていたのに見ないフリをした彼達。どんなに腫れた顔をしても、真っ赤に膨れた目をしても、笑い声しか耳に届かなかった。教室は魔物だ。皆が敵で、皆が憎むべき対象だった。もうそんな思いは懲り懲りだ。
「……セリフは覚えたんか?」
話題を変えられる。気遣ってくれるのが分かって申し訳なさと安心が混ざり合った。
「セリフは覚えたわ。あとは、本番にキチンと演じられるか、よ」
「見に行ってええか?」
「見にきてくれるの?」
驚いた。目をパチクリさせると、心外だと言わんばかりに唇がへの形になる。
「そりゃそうじゃ」
子供っぽい仕草にクスリと笑みがこぼれた。同い年だと改めて実感する。
「じゃあ、絶対にいい舞台にしてみせるわ。約束する」
「楽しみにしとる」
にっこりと彼が笑う。その姿に満足感を得て、私は続けざまに口を開いた。
「劇が終わったら」
「ん?」
「劇が終わったら、よかったらだけど、一緒に学園を回らない? その……一人じゃあ心細くて」
言って見たものの、仁王君ぐらいの人になると予約が入っているかと気がつく。断られるのが怖くて目を瞑ると仁王君が喉の奥を鳴らして笑った。
「俺でよければ喜んで」
了解を得られて、嘘だと思ったが、続く言葉はない。数秒の後、彼が本当に了解してくれたのだと分かって嬉しくて仁王君に抱きついた。
「ありがとう、仁王君!」
私に抱かれながら、仁王君はらしくもなく目を見開いてこちらを見ていた。驚いた顔を写真に撮りたいぐらいだ。
「な、な……」
「約束よ、劇が終わったら絶対に会いにきてね」
一方的に約束を取り付ける。強引かもしれなかったが嬉しさが勝って、そんなこと考える余裕もなかった。
「お、おん……」
カクカクと頷いた仁王君を再度しっかりと抱きしめて、私は嬉しさを噛み締めた。




 
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