欲しい言葉
「申し訳ありません、少しよろしいですか」
そう柳生君に言われて、中庭へ向かって二人で歩いていく。実は彼と会うのは初めてだ。保健室であった柳生君は仁王君だったわけだし、緊張する。
花壇の前に立ち止まった柳生君に倣うように足を止めると、彼は振り返って、そして深々とお辞儀をした。
「な、なに?」
いきなりのことに呆気に取られる私を尻目に彼はお辞儀をしたまま清廉な声を響かせた。
「私はあなたを誤解していました」
そんなこと気にしていないのに、と口にすると、下げたまま頭が振られた。
「私が気にするのです。だから謝らせて下さい。私は、自分の都合のいいように解釈していました」
「…………」
「私は貴女が雪羅さんに酷いことをしたと思っていました。だからこそ、丸井君が行ったことは武力に、暴力に頼った忌まわしいことだけれども、人道的には好ましいことだと思っていたんです」
「…………」
「貴女を悪女に仕立てあげ、正当化していたんです。仲間は悪くない、それを支持した自分も悪くないと、自分が節穴になっていることにも気が付かずに」
「…………」
「だからどうか謝らせて下さい。申し訳ありませんでした」
私は彼の思いを受け止めて、きちんと咀嚼し、飲み込んだ。
申し訳ありませんでした、か。
その言葉をきいて、知らないうちにため息を吐いた。
「ふざけないで」
唇から言葉が溢れた。
「なぜ、柳生君に謝られるのか、さっきの説明で分かったつもりよ。でもね、それは分かっただけで、それだけでしかないの。私には理解が出来ない。どうして今それを私に言ったの?」
「…………」
柳生君は頭を下げたままだ。
構わず続ける。
「貴方の気持ちなんて、貴方の行動なんて、貴方の思考回路なんて、今言われなければ到底分からなかったわ。だってそうでしょう。貴方と私は今日が初対面の筈なのだから。私と貴方は交わるところは一つもなかったのだから」
柳生君は黙したままだ。
私は続ける。
「貴方がいわなければ私はそんなことを思われていたことを知らずに済んだのに、貴方は今さっき私に心中を吐露した。なんの意図があったか、私には分からないけれど、その情報は貴方が一人善がりのために伝えた、私とって傷つくことでしかないわ」
知らなければよかった。
全部私のせいにされていたなんて。
「虐められている人間に、イジメが終わったあとに助けられなくてごめんねと言ってくる人間みたいに最低だわ」
言い切ったあと、私は柳生君の両肩に手を置いて、顔を勢いよくあげさせた。眼鏡の奥に見える瞳はどことなく潤んでいる。
「でも、何もいってこないで友達面している奴よりは数倍増しだわ」
「…………っ」
「ありがとう、柳生君。そしてごめんなさい」
あなた達まで巻き込んでしまって。
頭を下げると、柳生君は慌てたように、顔をあげてくださいと言ってきた。私は顔をあげて柳生君をしっかり見たあと、ね、謝られると困るでしょうと笑ってみせた。