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ドクリと胸が波打ったのは気のせいじゃない。私はその本を手にしたときに確実にドクリと心臓の音がなったのをきいてしまったからだ。私の世界に不要な音がなってしまった。嫌な音だ。私が生きていると実感してしまう音。嫌いだ。本の捲る音さえこの頃は煩わしいというのに。ぎりと歯と歯を噛めば嫌な音がまた増えた。もう嫌だ。本のなかに入ろう。ページを捲る。そのページには手書きで何かがかかれていた。なにこの本、実筆されている……? 書かれた文字は綺麗に整えられていて、習字を連想させた、誰が書いた本だろうか。本の表紙をもう一度読みかえす。そこには柳とかかれていた。その上にはこの本のタイトル。「テニス」。わけがわからない本だ。なんでこんな本が私の本の中に紛れ込んでいたのだろうか。別の本をとベットの上に置いてある本をいじくる。でも最近読んだばかりの本しかない。移動するのもめんどくさい。私はしょうがなくその本に目を通した。


『俺がかかった病気はまだ未知の病だと先生からきいたとき俺が思ったことは――――』

「っ!」

『どうして俺なんだ。』

『死にたい』
『頑張っていた』
『裏切られたような気がした』
『どうして』
『嘘だと言って欲しかった』



これは……。
彼の日記だ。
彼の、私の幼馴染みの日記だ。一番辛かった頃の思い出だ。なんで、こんなところに……?


『赤也達が来ると思うんだ。なんで彼らは無邪気に俺にテニスは楽しいんだって伝えてくるんだろうって。嫌みなのかな?俺は赤也達にいろんなことをさせてきた、それの仕返しなのかな?俺はテニス、出来ないかもしれないのに。もうやれないかもしれないのに……!』

やれもしないテニスのことを言われて俺はどうすればいいんだよっ。いつもは笑ってきた。それで赤也達も笑うから。でも胸の中で何かが積まれていくような、そんな感じがするんだっ。どろどろとした黒い液体が止まらなくて仕方ないんだっ。なんで君達にはできて俺には出来ない! そう叫びそうになるんだっ!

俺は最低だ。こんな俺きもちわるいだろと彼は言った。こんな醜態を見て幻滅したろうと。私はそんな彼の言葉なんて無視して彼になんと言っただろうか。そう、確かこの本にかかれた通りに言った筈だ


『あんたは人間じゃない。だったらその感情のなにがおかしいの?あんたはなに、神様にでもなったつもり?だったらおかと違いの妄想よ。あんたは人間、私も人間、きっと私だってあんたと同じ条件ならそんな醜い姿になっているわ。でもね、幸村君。私はそんな醜いあんたでも独りになんかさせない。私はあんたの味方なんだから。私なんかじゃなく不足かもしれないけど、あんたがテニス部の奴等が気に入らなくてどうしても憎いっていうんだったら、彼らと戦ったっていいわよ。あんたがそれを望むならなんだってしてあげる。もちろん武力で対抗するのは間違っていると思うわ。暴力で解決することは絶対にしちゃいけないことよ。でもあんたが望むんだったら私はその間違っているをねじ曲げてあげる。私はあんたの味方だから』

『な、んでそこまでしてくれるんだよ……、こんな俺になんで幻滅しないの?』

『しない、私はしない、あんた馬鹿じゃないの。あんたの何処に幻滅すればいいわけ?昔からよく風邪ひいては寝込んで友友って譫言のように泣いていたのは誰よ、幸村君』


『それとも無理だと思うけど幻滅して欲しいのかしら?』



『嬉しかった。悲しかった。涙がボロボロ零れ落ちた。だって友が俺のこと一人にはしないっと言ってくれたから。友は俺の味方だって言ってくれたから。この真っ白な病室には俺以外の生物がいなかった。まるで一面雲に覆われたみたいな部屋。息苦しくて喉につまって、息が吸い込めなくて、海にいるみたいだった。その中に友は入ってきた。知らないうちにずんずんずんずん、潜り込んできていた。それでこう言うのだ。もう帰れないからあんたと一緒にいるわと。この白い世界は怖いけどきっとあんたとだったら大丈夫ねと嬉しそうに』

『本当はテニス部の皆にもこんなことを望んでいたのかもしれない。俺と一緒にこの場所で戦って欲しかったのかもしれない。でも彼らがそんなことをしてくれないとわかってしまったから怒ってしまった』
『俺は傲慢で欲張りで、でも彼女はそんな俺の味方で』
『俺にはない彼女の真っ直ぐさや愚直さが羨ましくて、でも嬉しくて』


『ねえ知ってた、友。キミのいいところっていっぱいあるんだよ』
『昔から高飛車だのなんだと陰口を叩かれたからキミは知らないかもしれないけど、キミにはいっぱいいっぱい良いところがあるんだ』
『俺があるとき言ってしまったこと、まだキミは根に持っているんだろう。頼りにしてるよって言ったこと』
『俺が初めてキミの良いところを訊かれて恥ずかしくて全部キミのいいところを伝えられなくて、纏められなくて、頼りになると言ったこと』
『キミの言葉にはそれがずっと残っているんだろう?』



「成績だってトップじゃない癖に」

「運動神経だってよくない癖に」

「可愛くなんてない癖に」

「お金持ちじゃない癖に」

「手が綺麗じゃない癖に」

「高飛車で厚顔無恥な癖に」

「性格よくない癖に」

「うそつく癖に」

「笑った顔が可愛くない癖に」

「私よりも絵上手くない癖に」

「私よりも英語出来るわけでもない癖に」


―――癖に、―――癖に――癖に―――癖に、――癖に――癖に―――癖に

いいとこなんかない癖に
いらない存在の癖に!

いつも独りでなにもない私。いいところなんてあるんだろうか


「キミのいいところ?………うーん、頼れるところかなっ?!」


そっか、私。
頼れるってことが一番出来るんだ。私のいいところって頼れるってことなんだ。私、いつも何も出来ないって言われているから、嬉しいわ。だって私にもいいところがあったんですもの。よかったあ。これで、私は存在価値があるってことになるんだよね。私、胸をはって生きていけるんだよね。幸村君が言っているんだもん。間違いなんてないはずだわ



『キミはそれを胸に生きていたんだよね。だからあの時もあの時も俺を頼らせてくれた』
『ありがとう』
『助かったよ。助かっていたよ。キミに頼るのはとても嬉しかった。キミには分からないかもしれないけど独りじゃないっていうのは凄く嬉しいことなんだ。ありがとう』
『だから、キミに返すねこの気持ち。全部返すから。君に貰った嬉しさを全部返すから。キミは頼れなくなったら自分はなんにもなくなるだなんて思っているかもしれないけど、俺はキミのいいところ沢山知ってるんだよ』

例えば照れた時の表情の可愛さとか
怒っているときの真剣な表情とか
実は情に熱くて、丸井によくお菓子をやっていたりとか
本当は独りが嫌で、泣いていたこととか
動物が好きなところとか
枯れてしまった花の世話をちゃんとしなかったと悔やんでいる姿だとか
高飛車なんかじゃなくて泣き虫なだけなところとか

『キミには沢山沢山いいところがあるんだよ。他の誰よりもいっぱいね』
『だからもうそんな昔の良いことに捕らわれるのはやめて欲しい』


私ね、幸村君。
今でも覚えてるんだよ。出会ったとき幸村君の方から話し掛けてくれたことを。私とあんたははぐれものでいつも子供達の中には絶対に入らないで独りで遊んでいた。そんなあんたが意を決して私に声をかけてくれたことまだ覚えているんだよ。女々しいよね。
でも本当に嬉しかった。
だからあんたを守ってあげようって思ったんだ

それから紆余曲折があって私は頼られるってことに過信し過ぎちゃったけど、あんたを憎んじゃったけど、最初はあんたを救いたかったんだよ
いつも独りで石を投げつけられてもただ悲しそうに微笑んでる幸村君を。言い返せるような子に救ってあげたかった

『もういいんだよ』


もういいのかな


『俺はもう十分幸せだから』


幸せになってくれたのかな
私はあんたを恨んで、嫉妬して、心の中でずっと憎んでいたのに

『今度はキミが幸せになって』


幸せになってもいいのかな。

あんたは寂しくないのかな。
寂しくなってはくれないのかな。
これで幼馴染みとしての関係が消えることはないけれど、きっと何かで繋がっていた私達は切れてしまうんだと思う。
きっと二人では進めなくなる。
きっと私達は幼馴染みのままだ



『いいんだよ』


彼が肯定した。
そうだね、幸村君。あんたはもう一人じゃない。あんたには仲間がいるから。独りになるのは私。寂しいのは私なんだ。
でもあんたがそれでいいって決めて、わざわざこんなことまでしてくれたんだから、私だって決めなくちゃいけないよね。


「………」


この先にかかれた私のいいところは自分で発見していくとしよう。
もう何年と使われていなかった喉が正常に機能した。私はそれに驚きながらも流れ出る涙を止められなかった。



「……好きだったわ、精市君」


音のなかった世界に私だけの声が響く。
千切れてしまった鎖をもう拾いあげることなんて出来ないのだろうけど、私は胸を押さえながら嗚咽を溢して泣きはじめた。







 
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