幸村精市






昔、妹には好きな人がいた。それを知ったのは妹がその好きな人を友達に取られ号泣したときだった。俺はそれまで妹の異性への好意など分からずに日々を生活していた。俺と妹は内面的意味合いでは似ている。だから、好意をあまり他人には気付かせないのだろう。俺はそんな妹の姿を見て、吃驚した反面少し馬鹿にしていた。友達に好きな人を取られるだなんて、注意が怠りていたのだろう。もう少し気を配らなければ、恋愛なんて戦場と同じなのだから。だから、その時はまだまだ甘いなあなんてことを妹に感じていた。まあ次はそうされないようにね。と、そう注意まで促そうとした。

そして数年がたった明くる日きっとそれは伏線だったのだと、真っ赤に腫らした目でそう思ったのだ。




告白されることは多かった。でも今一ピンとは来なかった。告白される毎に赤く染まった頬を見て、この人達は何処に目玉をつけて人を見ているんだろうと思った。俯いた顔が可愛いとでも思ってるのだろうかなんて悪態を付きそうにもなった。だってお昼休みや放課後の時間に呼び出されて告白されるのだ、部活に遅れてしまう。テニス一筋と友に揶揄されていた俺はテニスが出来ない苛々が溜まっていた。だからとは言わないが答えは全部ノー。断り方は簡単だ、出来るだけ優しい声色で簡潔にそして丁寧に。たったそれだけ、役者じゃなくても出来る。

「幸村クンのことが好きです、かあ」

その感情は分からなかった。好き? なんで? キミを助けたわけでもあるまいし、キミを危機的状況から救ったわけでもあるまいし、何故俺の事が好きになるんだろう。
好意に理由を尋ねたとき彼女等はきっと俺の顔を見ながら俺の性格について答えるんだろうなあと思った。顔についているパーツはどうやら世界では整っているというらしい、別にテニス以外のことに差ほど興味はなくて、そう言った顔面事情には詳しくはないが、綺麗な顔だとよく言われる。友も結構言ってくるし、汚い顔ではないのだろう。でも内側が綺麗かときかれたら口をつぐんでしまう。俺は綺麗だけど汚い。内では毒を吐いたり見下している。優越感にまみれている。この世界は汚いもので溢れ返っているのだから。俺しかり、彼女の周りしかり。



彼女――友は俺の最初の友達と言っていいと思う。真田よりも付き合いが長い彼女はいつも強がってクラスの皆からハブられていた。立ち回りが下手なやつ、とたまに見下してしまう。友達とはいえ彼女の世渡りの才能は皆無なのだ、呆れる他ないだろう。何故相手に媚びようとしないのだろうか、この世界には沢山の人が居るんだから、他人と共存していかないとと良く思う、でも彼女には言いはしない。彼女は俺がきつくなったときの休憩場所でもあるんだから。その為にはなるべく一人ぼっちが最適である。傲慢だ? そりゃあそうだよ、でもだからなんだって言うんだ。友だって喜んでる、俺に頼られるとチーズみたいに頬っぺたをとろけさせる、これは立派な共存具合だと俺は思う。友にだって利益が出ているのだから俺は別に悪くない。悪いのは俺を理由にして改善しようともしない友だ。理不尽な嫌がらせを受けたってキミが蒔いた種なのだから、俺が回収する道理はない。俺と友の歪んだ交友関係。でもそれは歪んだだけで、歪であるだけで、壊れてはいない、俺に迷惑がかからないならば、どれだけでも歪んでくれて構わない。どうぞ苛められて下さい、友。ハブられて下さい友。俺の知らない関係ないところでじっくりと、俺が関与しないところで存分に。

テニス一筋、誰の事も好きにならず、誰のことも足蹴にしてきて、誰のことも見下していた俺は幼なじみの彼女の事さえ踏み台にして一心不乱にテニスに打ち込んだ。爽快な気持ちだけを求めて、相手を叩き潰すだけを求めたテニスに打ち込んだ。
この頃の俺のことを良く思ってくれなんて思わないが、寧ろ悪く思ってくれて構わないがでも補則しておくにこの頃俺は先輩達の過剰な嫌がらせを受けていた。だから熱心に一心不乱にテニスを、先輩達を圧倒するようなテニスを求めていたのだった。だからといっても普通はこんな非情の人間にはなりえなかっただろうからきっと俺は元々そういう性格なのだと思う。何にたいしても淡白で、でもハマったものには一も二もなく没頭する。ハマったもの以外は全てゴミのように扱って、好きなもの以外を極力視界には入れないようにする。そうやってバリアを張って快楽だけで日々を過ごす。そんな性格だった。

そして、そんな性格の俺に友のことをどっぷりと浸からせたのはやっぱり俺が病気にかかったからなのだろう。あれがなければ友のことを好きにならなかったかもしれない。
最初は彼女に対しての思いをナイチンゲール症候群みたいだなあなんて、思ったりもしたときがあった。それは確か皆が来たときに憎悪感を抱いたあの日から。マクベスの大詰めを見て、変に解釈した俺とその時の映像を無理矢理照らし合わせて感傷に浸っていたあの時、彼女は立海の制服を着て、ふうと息を吐き現れた。
当時の俺は疲れていて、友に繕う笑みさえ消していた。それだけテニス部の彼等に憎悪を抱いていたのだ。きもちわるい、吐き気がしていた。口許を押さえて喉から競り上がってくる熱を呑み込もうとする。でも熱はなかなか下がらずに世間話をし始めた彼女に吐瀉するように溢れ出た。
それは言葉だった。
劣等感だなんて持ち合わせたことがないこの身は臆病な程不安を憤りを彼女にぶちまけていた。荒々しい言葉使いだったか、それとも何時もの優しさ滲ませる口調だったのかも覚えていないほど吐き出された思いをきいて彼女は驚きもせずただ俺を見つめて、じっと穴があくほど強く見つめてこう言ったのだった。



『あんたは人間じゃない。だったらその感情のなにがおかしいの?』


汚いと汚れていると思っていた、生臭い泥で神聖なテニスを汚してしまったような不快感が拭えなかった。この感情を吐き出したらもうテニスの申し子と呼ばれないような、そんな気がしていた。自尊心、そして自信、それが崩れてしまったらきっと俺は神様でも人間でもなくなってしまって、マクベスのように悪魔扱いされるのだとそう思った。黒い感情に飲まれたおぞましい悪魔だと糾弾されるのだと、そう思い込んでいたのだ、だからきっと友にこの言葉を吐露したのは甘えで、彼女はきっと俺にそんなことないよ、幸村君は綺麗だよとそう言うに違いないと思った。でもその思惑は少しだけ的を外してしまった。隣の的を射ぬいたわけではないだろうけど、少し真ん中をはずしていた。だって彼女は俺を綺麗だよと、美しいよと、天使みたいだと褒め称えていた奴らとは違って、化け物だと恐れていた先輩達とも違って、ただ人間と、装備に綺麗がついた人間だと言うかのように平然と俺に言葉を浴びせたのだから。
…俺は、人間なんだ。

不思議な感覚で気がついたら涙がポロポロと流れていた。皆に媚を売って平和に暮らしてきた俺の知らない暖かさだった、血の通った暖かさだった、何故こんな風に涙を流してしまうのか、自分でもよくは分からなかった、ただ胸が温かくなって、それだけで幸せな気分になった。ああこれが愛情というやつなのか。抱き締められた俺はただひたすらに鳴き声をあげた。母さんにすらきかれたことのない声をあげて泣きじゃくった。

あいつら、俺がテニス出来ないかもしれないって時にテニスの話しをするんだ
オーダーを俺に作ってくれって言うんだ
リハビリ大変ッスよねとか笑いながら言うんだ
早く帰ってこいなんて軽々しく言うんだ


愚痴を何度も吐き出した。ポンポンと肩を、背中を叩かれる度にその言葉に同調してくれている感覚に襲われた、きっと彼女ならば俺の全てを分かってくれるとそう思ったのだ。だから俺はドンドン吐き出した。何回同じ言葉を言っただろうか、どんなに誇張されて言っただろうか、そんなことさえぐちゃぐちゃになるまで俺は泣き喚き続けた。友はそんな俺をどんな顔で見ていただろうか……? 確認をとったことはないけど、いとおしいという感情が少しでもあったのならば俺は嬉しい。


そして、それから一月ばかり過ぎた彼女に惚れた日。俺と彼女は屋上に行き、涙を流し合った。小さく嗚咽を溢しながら、俺は選択した、がむしゃらにテニスをするという選択肢を。彼女は泣きながら俺に止めてくれとひたすらに懇願した、それでも俺は彼女に謝り続けてその懇願をなかったことにした。友はそんな選択肢しか選べかった俺を最後に見つめながら、赤くなった目を隠して微笑んだ、本物の神様みたいに。


彼女を好きになったことを俺は今でも誇りに思う、でもそれと同時に綺麗で汚い自分には彼女は不釣り合いではないかと思ってしまう、だから仁王に優しく声を掛けられていたとき酷く動揺してしまった。仁王は俺に比べたら汚くはなかった、寧ろ彼は汚く見せた綺麗な存在で、綺麗に見せた汚い俺とは真逆の人間だった、だからこそ仁王を好きになられたら俺のことを好きになっては貰えないと本能的に直感した。だから、だからなのだ、彼女を誰にも取られたくなくて、俺は重大なミスを犯してしまった。




―――雪羅さんに会いに行こう。ドクドクと胸が張り裂けそうに痛かった。こう言うときは彼女にあたり憂さ晴らしをしたほうがいい。息を吐く。落ち着け、落ち着け、何もまだチェックメイトなわけじゃない。友がその言葉を覚えているとは限らないじゃないか、あんな精神状態なんだ、覚えているとも断言はしかねる筈だ。何度も何度も息を吐く、許容力はパンク寸前まで来ていた。『幸村精市が友をいじめるように言った?』どういうことだ。さっきからこの無限ループ。グルグルと回る意味不明な文章は脳の許容量を圧迫し続ける。嘘をいった? あの局面でか? なんの為に!
答えは決まりきっている。俺に対する嫌がらせだ。つまり先輩は俺に失恋すればいいと、そう思って友にあんなことを言ったのだ。
なんていらないことを、なんて無粋なことを。
そんなことが言える気力さえ、すっかり取り込まれてしまっていた。






 
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