過去編 七月四日






家に閉じ籠り、部屋で一日を過ごすようになった私の部屋は殆ど病室から帰ってきてから変わっていない。変わったといえば本が積まれたことだろうか。一日中部屋で本を読んでいるから本は本棚にさえ入りきらなくなった。ベットの上にまで本が侵食してきている始末だ。

本は好きだ。本は私の世界をおかさない。絶対におかさない。その世界は退屈だけど平穏だ。ただページを捲る音だけしか響かない。独特で異様な世界。独りが分かって落ち着く。

「あ、や、やめてっ、幸村君!お願い、友に喋りかけないで」

「友!……俺だよ!幸村だ!今年の全国大会は八月十七日から始まる!よかったら来てくれ、今年も勝つから」

「幸村君!!これ以上は警察を呼びます!!もう帰ってっ……!」

誰からの声だっただろうか。ドアが雨粒で叩かれているような音を出す。私の部屋は廊下に繋がっているはずなのに不思議だ。

でも、そんなことはどうでもいい。所詮私の世界以外の問題だ。私の世界に戻ろう。小説の中では綺麗な恋が散らされようとしていた。彼らの恋はどうなるのだろうか。親友に引き裂かれてしまった二人の思いは?恋は消えるのだろうか。小説は奇妙な運命を二人に与える。気になる、先が気になる。ページを早く捲りたい。


「友!友……!」

「幸村君っ!本当にもううちにはこないでください!はっきり言って迷惑なんですっ。アナタだって友がこうなった一つの原因なのにっ!あの娘がどんな思いであんなことをうけ続けたかわかりますかっ。もうあの娘にちょっかいをかけないでください」



文字を読むと世界が広がった。この世界には私という概念がない。私という存在はいなくなる。物語の主人公とその仲間達がいるだけ。主人公の葛藤、苦しみ、苦い恋、痺れる台詞、憎しみと寂寥感
それだけが溢れる。ふわりと花を咲かせる。



「友………、お母さんどうすればいいかな……。幸村さんは悪くないのに……、ねぇ、友…、お願いだからお母さんに話して……辛かったんだよね?痛かったんだよね?……このドアから出てきて、声きかせて」


主人公が親友に刃を向けた。親友が睨み付ける。主人公は口角を曲げて笑う。「決闘しよう」と。
ドキドキと胸がなったスリリングな剣と剣とのぶつかり合い。鉄の焼け焦げた臭いが鼻先を擽るような表現。火花を散らす二人。目が血走りながら親友は主人公に突進してくる。風が私と同化してきられてしまうようなイメージ。


「友……、友………」



ここには声はない。いつも通りの埃っぽい臭いがあるだけだ。でも本は人間なんかよりも信じられる。ガサガサと何かをひきずるような音がしたのはきっと気のせいなのだろう。この世界には音なんて必要ない。ただページを捲る為の腕さえあれば満足だった。





  
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -