She


「ちょっとって言っているでしょう?! 聞こえていない!?」
叫び声をあげても、仁王君は何処吹く風だ。
素知らぬ顔で腕を引っ張っている。
顔が緩んでいた。とても殴りたくなるにやけ顔だ。
女子で、一応、その、デートみたいな感じだからと出そうになる手をおさえているが、こうもきいてくれないと実力行使に出た方がいいんじゃないかしら。
足でなんとか踏み止まる。
廊下に摩擦音が響いた。
「ちーっとだけじゃ」
「うそっ! 嘘つき!」
「嘘じゃなか。三分ぐらいじゃ」
「そんなに時間があったらカップラーメンが出来るし、正義の味方だって星に帰らなくちゃいけないわよ!」
「めんどくさい女やのう」
「そういうなら連れていかなくて結構! 待っているわ!」
「まー君寂しい」
「自分でまー君とか言わないで、鳥肌立ったじゃない」
「えー。さびしいー」
お化け屋敷をやっているクラスの前で二人してなにやっているんだ、だが、幸い今は体育館に人が集中していて
ひと気は少ない。だからこそこんな痴話喧嘩みたいなことが出来るが、さっきからお化け屋敷を出しているクラスの人が冷めた目でこっちを見ていた。
恐ろしいほどのブリザード。
仁王君は知ってか知らずか、この痴話喧嘩を続けようとする。
「ええじゃろ少しぐらい。なあ、なあ」
「なあなあで行って帰ってこれなかったらどうするの?!」
「いや、ただのお化け屋敷じゃぞ?」
「幸村君が言っていたわ、ここのすごく凝っているって!」
「お前さん、こういう時に他の男の名前出すんか」
「仕方ないでしょ、友達少ないんだから!」
「友達って、なんか俺、幸村に同情しそうぜよ」
「意味がわからないわ。分かるように喋って」
「いや、意識されとらんってというのは辛いじゃろ」
は?何言っているんだろう。この人。
まさか、幸村君が私に気があるとでも思っているんだろうか。
そうだとしたらすごい勘違いだ。
幸村君が私に気があるわけないのに。
「そんなのありえないわ」
「ふーん。まあええけど。な、入ろ?」
「いやって言ってるでしょう!」
「あー、もう、痴話喧嘩は他所でやれってんだ」
今までブリザード級の視線を向けてきていた丸井君が我慢ならないとばかりに声をあげた。首に下げられたおどろおどろしい看板が声につられて揺れる。
「こっちは店番やってるつうのに、目の前でイチャイチャされちゃあイライラしてくるだろい」
可愛い輪郭をさらに膨らまさせて、ブスッとむくれる。
「カルシウム取りなさいよ」
「牛乳いるか?」
「連携すんな! 呆れ顏すんな! ちくしょう、仁王の方がでけえからって調子にのりやがって」
きーとヒステリックになる丸井君は、ちょっと怖かった。
「おうおう、男の嫉妬は醜いぜよ」
仁王君は茶化すように言うし。
あ、丸井君に足踏まれた。
「体重は一緒だろ」
「それって、褒められることじゃないんじゃない?」
「じゃな」
「うるせ、うるせ!」
仁王よりもふとましいらしい丸井君は私の襟首を掴むと猫のように持ち上げて、扉へと投げ込む。
「はい、二名さま入りまーす」
「ちょ、ちょっと!」
「おお! あんがとブンちゃん。あとで牛乳奢るぜよ」
仁王君はあとを追うようにすらりと入りこんで来る。
「へいへい、ポッキーもな」
「また太るわよ!」
「お客様、あとのお客様のご迷惑となるので早くいけ」
「後ろに客なんていないし、口調めちゃくちゃよ!?」
そんなこと知りませんとばかりに丸井君は無情にも入り口の扉を閉めた。
途端に辺りは暗くなって、クーラーでも入っているのか肌寒い。
ぶわりと毛が逆立つような感覚がする。
「じゃあいこか」
軽い足取りで前を行く仁王に遅れないように、暗い室内を歩く。
辺りは暗く、人が通るところを見失ないようにするためか、等間隔にライトが置かれているだけだった。それを頼りに進むものの、どこか頼りない。
手と手を合わせてビクビクと肩をはねさせていたら、呆れた様子で仁王君が声をかけてくる。
「怖いんか?」
どうしてこんなものでと言いたげだが、あいにく、人生で初のお化け屋敷なのだ。
勝手がわからなくて、全てが恐ろしい。どっかから今にも飛び出てきそうで、油断ならないし。
「そう力んどったら腰抜かしそうじゃの」
「そうなったらおぶってね」
リアルにそんなことが起こりそうで怖いけど。
「学校のお化け屋敷で腰抜かすなんて、一生忘れんじゃろな」
「それ以前に十分忘れない日になったわよ、今日は」
いろいろやったし、あったから。
「まだまだこれからじゃろ」
合わせていた手の片方を仁王君の手が包み込む。
そして、指に指が絡まった。
手を握られている。そう思った瞬間、怖さとは別の感情が私に押し寄せてきた。顔がカーッと火照って、鼓動が早くなる。
「いや、か?」
不安な声色が耳朶に聞こえてくる。
頭を振って、答えた。
「いやじゃない、けど」
「けど?」
優しい問いかけに、耳の裏まで熱くなる。
「ここがお化け屋敷で良かった」
じゃないときっと赤くなった顔を誤魔化せない。

最初こそ恥ずかしい感情が先行していたが、すぐに恐ろしさまさった。初めてのお化け屋敷にきゃあきゃあ言いながら、仁王君に抱きついたり、抱きつかれたり、出口までの道中は忙しいものだった。何があっても手だけは離さない仁王君のせいで手汗が出ていても拭えなかったし。
女子として羞恥心を覚えたが、そんなことも言っていられない。それほど丸井君のクラスは凝っていた。生首の側面にきちんと骨が描かれて仁王君の興味をそそっていたし、テレビから女の人の髪が出てくる仕掛けには腰が抜けそうになった。動く人形や怨念を詰め込んで流れるラジオは恐怖のあまり意識が飛びそうになった。外に出られた頃にはクタクタで、しっかりと握った手以外、きちんとしたものは一つもなかった。
「お疲れさん。ちゃんと塩ふっとけよ、取り憑かれるかも」
「冗談じゃないないわよ」
「笑えん」
廊下にへたり込む私達に自慢げな様子で丸井君が語りかけてくる。
「冗談じゃないって、さっきもそこで怪奇現象起こったばっかりだし」
「なんでもかんでも霊のせいにしたらいけないと思うの!」
「同意じゃ。丸井、面白がっとるじゃろ」
「ばれた?」
ちょろっと舌を出す丸井君が憎たらしい。
仁王君も気持ちは同じなようで渋面を作って睨んでいる。
「でも、さっき怪奇現象っぽいのがあったのはホント。お前らが入っていって二階から物が落ちてきたんだよ」
丸井君の真剣な声色に背筋がぞくりとする。
本当に祟られたりするのかしら。
結んでいた手に知らず知らずに力が入る。
「物?」
仁王君が気になるのか、聞き返した。
「こっから見えるあのベランダから鉢植えが落っこちて来たんだよい」
「あそこ? 三年の教室じゃなか?」
「そそ、室内の飾り付けの為に鉢植えを持ち込んだらしくてさ。それが落ちてこなごな」
「……不気味じゃな」
「幸いけが人もねえし、いいんじゃね?」
「楽観的ね」
「ブンちゃんはポジティブじゃからのう」
「だろい。俺って明るいからな」
「自己宣告はいたいわよ、丸井君」
「お前、ズケズケ言いすぎだから。俺がブロークンハートしちまうだろい」
「ポジティブなんじゃろー」
「心が傷付くのはポジティブとは関係なくね?」
それもそうかと神妙に頷いた私達に、おずおずと丸井君が尋ねてくる。
「ところでさあ、いつまで握ってんだよ、手」




 
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