欲しい言葉


流石の幸村君でさえ苦戦していた演技という行為を私がスラスラ出来るはずもなく、台詞をど忘れしたり、飛ばしてしまったり、動作が伴っていなかったり、散々だった。向いてないのだろう。一つ間違えるたびに胸を圧迫する緊張に飲まれて、連鎖してしまい間違いを連発してしまう。こんなんで、舞台が出来るのだろうか。
不安感を抱きながら、カラカラの喉を潤すために水を摂取すると台本を覗き込みながら幸村君が近寄ってきた。
「緊張し過ぎだよ、友」
「わかっているわ。でも、どうしようもないのよ」
自分でもなんとかしたいとは思っているのだ。でも、口が動かない。頭が動いてくれない。体がいうことをきいてくれない。
「練習なんだから気楽にやろう」
「そう、練習なのよね」
ペットボトルから口を離して頷く。
本番じゃないのだ。もっと気楽にやればいい。楽しまないと。
だけど、そう思う度に体が固まっていうことをきかなくなっていく。幸村君にテニスを楽しみなさいと声高々に言えたのは、やはり他人事だったからなのだろう。今はこんなにも、胸が苦しい。きっと幸村君もこんな気持ちだったに違いない。いや、重圧は私よりもっとかかっていたはずだ。ますます息がつまってできなくなってしまうような責任感と使命感。なぜ押し潰されなかったのだろう。
「ほら、逆に力入ってるよ」
「え」
「肩の力ぬいて、リラックスして」
「こ、これ以上なんて無理よ」
これでも精一杯リラックスしっているほうだ。それなのに出来るはずがない。
無茶を言うなと幸村君をみると、彼は目があった瞬間、花のような笑顔を見せた。まるで私と目があったことを心底嬉しく思っているように満面の笑みだ。うっと言葉につまる。なんて愛おしそうな目でこっちを見るんだろう。最愛の人を見るような、うっとりと恍惚に浸かった瞳。絵に閉じ込めたらきっと高価な価値をつけられるに違いない。そして買った人は毎日眺めるだろう。魅惑的で、幻想的で、自分が愛されているのではないかと錯覚してしまいそうになる。
魅了されてしまう瞳。こうやって見つめられているだけで恋に落ちそうになる。こうやって恋に落とさせてきたのかと、考え深い気分になった。
「そう言わずに、ね」
「………………」
こうやって、後ろから刺されるのね。
しみじみと感じ入りながら、大きく息を吸って吐く。
脳の血管通って空気が入り込んでくる。
これで落ち着ける。これで大丈夫だ。
「落ち着いた?」
「まあ、一応ね」
「じゃあ再開させようか」
幸村君の言葉を合図に、ペットボトルを床に転がした。


今から練習するところは、マクベスが王殺しを躊躇うシーン。マクベス夫人は意気地をなくした
マクベスを叱咤激励し立ち直らせる。

壇上に上がると白い光が私と彼を包んだ。
ここは彼の領だ。梟の不気味な鳴き声がする秘め事に向いた夜。
目の前にいる青年は幼いながらに美しくも愚かしい将軍になりきっていた。それによって、頭の中に野心家で行動力溢れる女性の言葉が自分のものとして再生される。少しの間だけ、強くてもろい夫人になりきった。包みを開くように優しく、だけど壊すように強引に、捲し立てる。一歩踏み出せば落っこちてしまう崖の上に立っている彼を力強く押す。もう戻れないように。振り返っても帰れないように。
自分も落ちるからと、一緒に手を繋いで。
「ころしましょう」
それは、冷たい言葉だった。
それでいて、切望する響きを伴っていた。非情に囁かれる言葉には欲望と絡みつくような熱が籠められている。
「ころさなくてはいけないわ」
そうしなければならないのだと、マクベスを奮い立たせる。そうしてあなたは王になるのだと導くのだ。遠慮はいらない。怯える彼に、慰めを与えず突き放す。
「そして、あなたが王になるのよ」
こみ上げるこの感情を何と形容ししよう。おぞましいとも美しいとも思ってしまう神々しい地位を欲する気持ち。
きっと彼女は狂気に支配されながら彼が煌びやかな椅子に腰掛けているシーンを想像したことだろう。
どれほどその姿に惚れ惚れしたのだろうか。思い描いて空を切りながら興奮を押し殺しただろうか。
「あなたが王になれるの」
誰かを殺して王になれると分かったとき、彼女はマグマが吹き上がるような感情を抑えられなかったのだろう。
こぼれる吐息は熱に犯されているように熱い。
「わ、わたしには」
戸惑ったマクベスの頬に指を回す。
上擦った声が上がった。
「お願い、マクベス」
懇願をする。彼の目にはありありと動揺が走った。
「王様になって」
その言葉で彼は目を瞑り、そしてゆっくりと目を開いた。


「はい、一回休憩しよっか」
西置さんの言葉で緊張がとける。向き合っていた幸村君が綻んだ笑顔を見せた。
「友、よかったよ」
「…………ありがとう」
手放しで賞賛されるのはなれなくて、少し照れながらお礼を言った。





 
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