欲しい言葉


作業はつつがなく進行していた。せわしなく動くクラスメイトを横目で見ながら、体育館へと向かう。口の中でセリフを繰り返し、覚える様に目を瞬かせる。
もんだいはない。息を吐いて、体育館の扉を開けた。
体育館の中に入ると、西置さんと幸村君が何事か話し合っているのが見えた。この頃、この二人のツーショットをよく見る。もしかして……、と勘ぐってしまうのは、別におかしいことじゃないだろう。
二人の邪魔にならないようにそっと壁へと移動すると、見たような顔と鉢合わせした。くるくると渦を巻くように丸まった髪の毛を携えて、切原君が目を丸くしていた。
そしてすぐに、口を緩めて笑う。
「センパイ」
優しい声色だった。悪魔なんて異名で呼ばれているとは思えないほど
身内に甘える声だ。一瞬、この子と全国を目指していたような、あり得ない錯覚に襲われる。
「こんにちは、切原君」
「チワっす。相変わらず、暗いっすねえ、アンタ」
「余計なお世話よ、放っておいてちょうだい」
「つうか、なんでセンパイが? 劇の準備はいいんっすか?」
ここにきていいのかと訊いて来る切原君は、私をためつすがめつすると、顎に手を当てて、一人ごちる。
「どう見たって役者って感じじゃないし」
「悪かったわね、役者で」
「へっ?」
良くも悪くも自分に正直な彼は素っ頓狂な声をあげると、私をマジマジとみた。穴が空きそうだ。
「センパイ、役者なんっすか? 何するんっすか? 木とか?!」
「幼稚園児じゃないんだから、そんなわけないでしょう。きちんとした役所よ」
ええっ。再度驚いた切原君は瞠目したまま後ろを振り返る。そこにいるのは幸村君と西置さんだ。彼は目で彼らを指しながら、私に問い掛ける。
「幸村センパイもでるんっすよね?」
「でるけど」
「……センパイ、分かってないかも知れないっすけど、幸村センパイはこの世のものとは思えないほど、美人なんっすよ? そんな人の隣に立つとか、それは自分がブスだってアピールしているようなもんで」
「貴方はもうちょっと言い方を考えなさいよっ」
そんなの分かっているわよっ。
でもそんなに直接的に言わなくていいじゃない。
分不相応なのは、重々承知しているわよ……。
「……本当のことっすよ。幸村センパイはオレらとは全然違う。なんつーか、かぐや姫みたいな?」
頭を支えるように手を添えて、切原君が言った。瞳の中には、幸村君を捉えながら、羨ましそうに口角をあげる。
「超人的なんっすよ。あの人は」
「そうね、でも幸村君は人の子よ、切原赤也君。とても良く出来ているけれど、ちゃんとした私と同じ人間だわ。だから、そう羨ましそうに見れる存在じゃないわよ」
「…………そんなん、分かってますって」
そうね。分かってる。でも、諦めきれない。自分より優れているものになりたいという当然の原理はそう簡単に諦めれない。
「それでも、すごいんっすよ。つーか、おんなじ人間だと思うと余計にすごいんっすよ。眉目秀麗。才色兼備。性格も悪くないし、物腰も柔らかだし」
「自分にないものを持っている?」
「はい」
素直に頷いた彼はヘニャリとだらしのない顔で、無理に笑った。
「自信がないの? 切原君」
「そんなわけ、ないっしょ」
「じゃあ、怖いのね」
「怖い?」
「比べものになるのが」
言い切ると、驚愕した顔がこちらを向く。目と目があった瞬間、彼が息を呑んだのが分かった。
「部長だものね、そりゃあ比べられるわよね」
「……オレは別に気にしてなんか」
「いないって、本当にそう言える?」
「言えるっすよ! だって」
「だいたい貴方が気にしなくても周りは気にするわよ」
私の言葉に彼はピクリと眉を動かした。黒々とした髪が揺れる。凶暴な光が射抜くようにこちらを見ていた。
「いつだって、どんなときだって、貴方を見る目は幸村君という物差しを通して測られるわ。どうやってもね」
「アンタ嫌な人だったんっすね」
「どうしてそうなるのよ」
「分かってることを指摘してくる、嫌な奴」
はっと口の中で笑みをこぼす。嫌な奴ね。それはそうだ。
「わかってたのね」
「…………そんな馬鹿じゃないっすよ」
「そのくせ、言われっぱなしなの」
柄じゃないわ。呟くと、切原君はすっと目線を逸らした。
そして、消え入りそうな声で言う。
「だって、オレが幸村センパイより劣ってるのは確かだし」
「ーーーーはあ?」
口が悪くなるのも構わずに、眉をひそめて貫くように彼を見る。
幸村君よりも切原君の方が劣ってる? それを自分でいうなんて、やっぱり彼は本当に自分に対して自信がなくなっているのではないのだろうか。
拳を握り締めて、ゆっくりと息を吐いた。
「そんなの、わかんないじゃない」
「え」
「貴方が幸村君よりも劣っているなんて、やってみなくちゃ分からないじゃない」
確かに幸村君は卓越している。
天の上の存在過ぎて、人間じゃないみたいだ。
でも彼は人間で、天上の人なんかじゃないし、切原君は能力がない人じゃない。彼は、出来る人だ。何も出来なくて、何もない人じゃない。才能があるエースだ。誰にも負けない気迫がある、力強いテニスをする人じゃない。
「なにも知らないし、なにも出来ない奴らのことなんて見返してやるってくらいの気概をみせてくれないの? 才能があって恵まれてて、神様に愛されている勝ち組人生を送るあいつに、アって言わせるぐらい度肝を抜くリーダーシップを発揮してくれないの? 貴方はあんなキャラが濃ゆい奴らに可愛がられていたのよ? 劣っているわけないじゃない、寧ろ同類よ。そのくせ、自分は劣っているですって? 過小評価するのもいい加減にしなさいよ」
比べられた時、確かに最初はごちゃごちゃ言われるかもしれない。億劫で仕方なくなるかもしれない。でも、幸村君と肩を並べる二年生は切原君しかいないのだ。
「部長になっても貴方は貴方でしょう。勝気で、勝ちにいきてて、テニス馬鹿でしかたないすっっっっごく強い切原赤也君でしょう」
精一杯掴んでいた手を離す。
そうして、彼の眼前に拳を突き上げた。
「私に見せてよ、貴方のすごいところ」
貴方は出来る人なのだから。
「部長さん」
切原君がクスリと、静かに笑った。静かな、微笑だった。
「アンタは嫌な奴だけど、不思議な人っすね」
「そう」
「いいっすよ、オレが凄いこと見せてやります」
ありがとうと言おう、そう思って切原君と見やった。すると、彼は相好を崩して、拳をこちらへと寄越してきた。コツンと肌と肌がぶつかり合う。
「オレはオレか。そりゃあそうっすね。オレは幸村センパイじゃないし、幸村センパイはオレじゃない。だからこそ比べられるし、越せる」
それで、いい。彼はそう頷くと、小さく別れの言葉を述べて体育館を後にした。スッキリとした顔で出て行った彼に、顔が緩む。

「どう? 赤也は」
…………後ろにいた事に気がつかなかった。
幸村君は、そんなことを思ったことが分かっているみたいに苦笑する。
「いい後輩だわ。きっと幸村君よりもいい部長になる」
「それは贔屓目が入っているだろ。まったく、会わせたのはいいけれど、節目にはならないで欲しいな」
節目なんかじゃない。確かに彼はいい部長なるだろう。確信がある。

「まあ、いいや。友、練習を始めようか」
話をきって、幸村君は壇上に登る。
それに習うように、私も壇上へと足を踏み入れた。


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