劇場のマクベス
「劇?」
「そ、劇をやるみたいなんだよね」
それはまた思い切ったわね。教室を掃除しながら溢した言葉に幸村君は笑った。
「最後なんだし思い出に残るものをってことらしい」
「何をやるつもりなの?」
「まだちゃんとは決まってないけど『マクベス』になるんじゃないかな」
マクベスって。……シェイクスピア流行ってたかしら。くびをかしけ、どうだったかと確かめてみるけれどそんな情報は頭の中にインプットされてはいなかった。私が知らないうちに何があった。歴史の流れを身に染みて感じつつ、「主役は誰がやるのかしら」と気になる事を問い掛けた。
幸村君は少しだけ言いにくそうに口をもごつかせた後、意を決した様に私を見て「俺がやることになった」と言った。
体が固まる。えっ、幸村君がマクベス? 将軍の格好とか似合い過ぎでしょう。
というかよく許したわね。
「珍しい、幸村君がそんなのやるなんて」
「うん、まあそうだね。今までだったらテニス以外に......向ける時間なかったし。でも、いい機会だから」
「いい機会ねぇ」
そっか。そっか。
いいことじゃない。少なくとも昔の幸村君はそんなこと言わなかった。
「頑張りなさいよ、マクベスさん」
「............うん、頑張るよ」
そう言って幸村君はにっこりと笑った。何故か幸せを噛みしめる様に、咀嚼をする様に。どこか、浮世離れした表情に見えるのは私の目がおかしいのだろうか。
「君の為にも......」
最後に呟かれた言葉に甘い吐息がかかっている様に思えたのもきっと気のせい。そういうことにしておいた。