He Side




『マクベス』
そう呼ばれたことを、今になって思い出す。
そういえば、そんな名前で呼ばれたこともあった。今になってみれば中二臭いが、確かにあの時俺は楽しかった。

何も考えずに喋れることが出来て、楽しかった。

じゃからいなくなったとき、いきなり姿を見せなくなったとき、俺の顔が好きなやつがあいつに何かしたんじゃと思った。
悲しかった、でもいつものことじゃったから、泣けもせんかった。受け入れるしか、手段はない。

屋上に行くのをやめた。気が付けば、高校生になっていた。女遊びは一時期ピタッと止まっとったけど、油を入れたようにまた激しくなった。

仁王雅治は――俺はそういう男じゃった。

すぐ、何もかもを忘れてしまう愛でたい男じゃった。









「ありがとう、優しいぺてん師さん」

優しい?
やめてくれ、俺はお前さんを忘れとったんじゃぞ。名前はきいたこともなかった。声は全く忘れていた。
屋上だって、なにかと都合がいいけんつかっとっただけでたいはない。昔、お前さんと喋ったことなんて遠の昔に忘れとったのに。
なのに、優しいだなんて。そんなの、嫌味にしかきこえん。


「あんたのおかげよ」


やめてくれ。
俺はお前にそう言われる資格なんかない。


「そうか」

「ええ、ふふふ」

「な、なんじゃ」

「だって、あんた顔鏡で見てみなさいよ」

「は?なんで鏡で」

「だって面白いぐらいに真っ赤なんだもの」

「は?」


手鏡を取り出して哀川が俺に向けて鏡を見せる。そこには真っ赤になった自分がうつり込んでいた。

あ、あと声がもれる。

銀髪の髪の下にある顔は、茹で蛸のように真っ赤に染まっていた。


「う、わあ」

なんじゃこれ
なんじゃこれ

う、わあ


思い出せば、中学で一番最初に仲良くなった女子は俺と関わったせいでハブられて、俺の悪口を言って、俺から離れていった。
中学で最初に付き合った女子はいじめが原因で転校して行方知れずになった。
俺が好きじゃって言った女の先輩は、他の男と出来てそのまま卒業していった。


誰もまた俺に会いにはきてくれんかった。誰も元の関係で会いにきてはくれんかった。声をかけてくれんかった。怯えた表情、憎たらしげな表情、それだけを向けて、俺の元からさって二度と帰ってはこなかった。


本当は、覚えていたかった。『マクベス』と呼んだお前さんを忘れんでいたかった。でもお前さんの方から忘れたんだと自分に納得をつかせて、忘れた。
それなのに。

覚えててくれた。

また会いに来てくれた。
教えて、くれた



「もう、どうしちゃったのよ」


どうしたもこうしたもおまんのせいじゃ、このエセ引きこもり、出てくるんが遅すぎるんじゃ、忘れたじゃろが。


「おかえり」

あー、もうガラじゃなか。全然ガラじゃなか。俺はクールな感じで、ニヒルな感じで、冷めてる感じで、こんなこというキャラじゃなかとに。


「よく頑張った」


全然違うとに。

思わず、女子らしいその体を抱きしめてしまった。無意識のうちに、髪に触って引き寄せていた。なんなんじゃろう、このやってしまった感。


「よかったのう、俺のおかげじゃ」


笑った彼女は嬉しそうに俺を抱きしめ返した








 
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