幸村精市



愛しかなかった。
ただ、彼女が欲しかった。そう言えたらどれだけ良かったんだろうか。泣きそうになる頬を引き締めて、俺は深々と頭を下げた。玄関においてあった花が視界の隅に移り込む。驚いた声を上げる友のお母さんが俺の肩を持って、小さく揺すった。それでも顔を上げるわけにはいかなくて、俺はそのままの体制でもう一度声を上げた。


「……俺のせいなんです」


俺が友を追い詰めた。分かっていたことなのに、前から理解していたことなのに、何故か体が重く、言うのが躊躇われた。おかしいと自分でも思った。これじゃあまるで、俺は何も覚悟なく友を放置していたように思えたからだ。現実から目を背けていたんじゃないのか。もしかして自分は何もしていないとでも心の底では思っていたのではないのか。まるでいじめの傍観者役に回ったような感覚がする。罪悪感だけが残る、後気味悪さだけが残る、なんとも言えない虚脱感。


「な、なにを言っているのよ。あの子が全部悪いんだから、精市君は気にしないでちょうだい」

「違うんです」

違うんです。
友は悪くない。
悪くないんだ。


「すいません」

下げたままの頭を足にくっつけるように近付ける。視界から花が消えた。

「今から話すことを確りときいて下さい」


この人にとって悪夢でしかないことを喋らなくてはいけない。
震える唇が、起こったこと全てを喋り始める。
段々と聞こえてきた呻くような泣き声に、やってしまったこととやれなかったことが頭の中でまわりはじめて俺を苦しませた。






怒られることはなかったわけじゃなかった。何回も怒られるのはやっぱり苦手で、今でもなれない。
なれないというか、嫌いだ。
標識がずらりと並ぶ道路。歩道の脇にある花壇には向日葵の花が花をつけようとしていた。もうすぐ、夏がやってくる。もう友がいない夏だ。
それでも、勝たないと。
常勝立海。
常勝それが掟だ。

友のお母さんは冷静だった。俺だけの話では確証に乏しいと学校側に連絡をして事情を今から聞きにいくと言って半ば無理矢理家を追い出された。ある意味、怒られるよりも辛い。怒られたほうがまだ良かった。信用出来ないと突っ張られるのは悔しいし悲しい。
……でも。
でも、なんで友のお母さんはそんなにも俺を信用していなかったのだろうか。
友がいじめをするなんて思っているわけないだろうし、普通ならばそうよねと共感してくれるはずなのに。
俺を怒る筈なのに。
………。
どうしてだろうか。
なんで、あの人は。
あの人はまるで友がいじめをしていた事実がなかったということに驚いていたような、そんな気がした。






 
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