幸村精市
「助けてよ」なんて、友は言わなかった。記憶に残っている自分の声が耳を今でも振るわせている。目の前の雪羅さんは肩をふるわせてそれでも鋭い目付きで俺を睨んでいた。
「は、はは」
口から乾いた声が出た。カラカラの喉が砂を飲み込んでいるかのようでイガイガして痛い。水が欲しい。でも、水を飲んだら喉が焼けるように痛くなるようなそんな気がした。
「……なんで、笑ってるんだよっ!」
「…そう、俺だったね。切っ掛けは」
醜い。
やっぱり醜い。
マクベスのように真っ黒だ。俺は、悪魔なのではなかろうか。もしそうならば彼女は地獄にいってしまったのかもしれない。頬に触れる。この顔は美しいらしい。この世の中の存在をどう磨きあげればこうなるのかと質問されるぐらいには綺麗らしい。まるで、人間をたぶらかす悪魔のような身形ではないかと、言われた。外見だけの、なにもない俺。
『幸村君にはテニスなんてなくていいっ』
『幸村君にはテニスなんていらないっ』
『もうやめようよ、もうよそうよ! テニスなんていらないのっ、テニスなんてしなくていいのっ』
普通に生きて欲しい。手術をしたらどうなるかは分からないんでしょう? もしかしたら足が動けなくなるかもしれないんでしょう? 後遺症が残るかもしれないんでしょう?
もう、テニスやらなくていいよ
お願いだから、しないでよ
テニスしかなかった俺。どんなにすがっていたことだろう、どんなに頼っていただろう、テニスという存在を、テニスというものを。
依存していたそれを
やめろと言った彼女は
――友は
もう、いない
俺が、いなくさせた。
涙さえ出せない、醜い俺は空のした、妻の死を告げられたマクベスのように憤った。
自業自得なんて言葉が頭をまわる。
『幸村くん』
友の俺を呼ぶ声だけが今は思い出せた。