幸村精市 五月八日
テニスだったら分かり合える?テニスだったらどうにかなる?そうだっら、そうだったら、俺達はいじめられてなんかいなかった。酷い仕打ちをされることなんてなかった。柳の言っていることは理想論ならぬ夢想論だ。テニスだったら分かり合えるなど、あり得ない。テニスは勝負なのだ。勝ち負けを決めるのだ。上下を決める、スポーツなのだ。そこには上下しか出来ない。上下関係しか出来ない。分かり合えるだなんて無理だ。
「いつからそんな夢想家になったの」
「夢想家のつもりはない。精市、弦一郎はテニスで和解出来ると本気で思っているんだ」
「夢だよ、そんなの」
「夢じゃない」
「現実不可能だ」
これまで長い時間一緒にいて分かり合えなかったというのに今ここになって分かり合えるようになるだなんて、なるわけないだろう。
「そう断じれることでもない。思えば俺達は先輩に向き合わなすぎていたのかもしれない」
「向き合ってなかった?それはそうだろ、相手から嫌われてるのに向き合ってそれを全身に浴びるやつなんていないよっ、自分が壊れるだろう。人に嫌われるのは怖いから……」
本当は怖いどころの話ではない。嫌われるというのは、脳ミソがぐるぐると回転し始め、物事が考えられなくなってくるのだ。知らなければ良かったと耳を塞いで、両目を閉じて、部屋に引きこもりたくなるような悪寒と目眩に苦しめられる。そんな苦しみに喘ぐぐらいだったら誰だって、目を背けて、笑って関わりなく生きていきたいと思うだろう。
「だが弦一郎は今それを全身に浴びている、泥まみれの悪意を受け止めながらも、しかし楽しそうだ」
「真田が鈍感なだけだろう」
「精市、お前も知っているだろう。弦一郎は人の思いには敏感だ。特に同性の感情にはな。あいつは伊達に副部長には選ばれていない、ここぞという場所では絶対に外さない」
「じゃあなんであいつはあんなに笑っていられるんだよ」
「テニスをしているからだ」
「テニス」
拳に力が入った。テニスプレイヤーでなければ笑い飛ばしていたであろうその言葉に体が反応した。
テニスはたのしい
それは、そうだね。
気が付けば俺は笑っていた。苦笑にも似た、でも苦笑ではない笑み。 柳も笑う、きっと俺と同じ笑みだろう、そんな気がした。
「いいの、いろいろ考えていたんだろう?」
「もう諦めた。弦一郎に任せる」
「諦めよくなったね」
「お前達といるとな」
まるで俺達が我を突き通してるみたいな言い方をしてくれる。
柳だって結構我強いと思うけどなあ。
でも無理強いをいつもしているか。
「先輩のこと今でも許せない」
「……そうか」
「俺は分かりあえても、今までのことがなかったことにする、なんてそんなこと出来ない」
「勿論だ」
「……昨日ね」
話題をかえる
自分でも、泣きそうな声だったと思う。
俺はゆっくりと顔を綻ばせて、柳に顔を見せた。
「友に会えたんだ。一年ぶりぐらいかな?もしかしたらもっともっと長い時間会ってなかったように思う。でも、会えたんだ」
「精市」
「今日、また行くんだ。会いに行くんだ。そして、一杯話すんだよ。一杯一杯、話すんだ。語り尽くせないほど、話をしてみせるんだ」
「そうか」
「また学校に来てもらうんだ」
「ああ」
「俺と一緒に笑って欲しいんだ」
今まで出来なかった分、隣で
そんな妄想を一人抱えながら、結局絶望に染まることもしらないで、俺は小さく笑ってみせた。
この試合が終われば全てが終わる。
そのことをまだ理解していない俺は、もう終わったものだと、心の中で油断していた
それが命とりになるともしらないで
「ごめん、すまん、申し訳ないっ、ごめん、ごめんなさいっ、すいませんでしたっ、ごめんなさいごめんなさいっ!」
誰の声だったか、鮮明に覚えている
堤腹先輩の声だ
「俺はっ、幸村精市が哀川をいじめるようにと言ったと言ったっ」
俺はただ、幸せになりたかった。人並みの幸せを得たかった。無理だと決まっているのに手を伸ばした。
これはその罰なのだろうか