幸村精市 五月八日







「ど、どうなっているんだ?!」

なんかいきなり鼻息荒い二人が出てきたが!?
目を白黒させて俺にきいてきた部長に俺も分からないんですとはぐらかして、真田と堤腹先輩の元に急ぐ、部長は意味の分からないまま俺に引っ付くようなかたちで後ろを歩く。柳はその後ろで、考えていたであろうことを全て白紙にされ、頭の横が痛くなったらしい。さっきからずっとこめかみらへんを押さえていた。気持ちは分からないでもない。


コートにつくとそこには今にも戦争をすると言わんばかりの顔つきをした真田と堤腹先輩がいた。二人はラケットを持ち睨み合っていた。俺と部長と柳はコートの端にある影に足を入れ込み、二人を見る。朝早い時間だというのに太陽は光を放ち、目を困らせた。俺は鋭い濁りのない光に目を細めつつ、真田を見る。真田は興奮はしているものの、怒りはなく、ラケットを構えてさあ来いと言わんばかりに足を広げた。その仕草が気に触ったらしい堤腹先輩は怒りを孕みながら、一球を叩きつける。


「……!」

叩きつけられた球はリバウンドし、ボンとコート自身を擦り付けて、勢いよく跳ね上がった。変則的なボールの軌道に真田はそれでもくらいつく、そして、黄色のボールは真田の顔の横から投げ飛ばされた。ボールは読みやすいコースを一直線に進み、堤腹先輩はそのボールをボレーで返す。後ろに下がっていた真田は足を前に出してボレーを返す、何とか食い付いているとでもいうような危うげなプレーだ。俺は汗を手に浮かべながらラリーを見守る。なにやってるんだよ、真田。手でも抜いているのか?
でも、真田はそんなことを出来るたまじゃない。真っ向勝負が基本の堅物人間だ。……だったら、何故?


「うおおおおおっ」

獣に似た叫び声が響いて、ボールが真田のコートに打ち付けられる。ラリーの音が止んだ。
真田は帽子を投げ捨てて、堤腹先輩をゆっくりと嬉しそうに見た。

真田が一ポイント先取された、その瞬間だった。

俺は目をばたつかせて状況を判断しようとしてみる。あの腑抜けた先輩が一ポイント先取。それは俺にとって、理解できない状況だった。
いや、理解したくない状況だった。だって俺にとってみれば堤腹先輩は昔からいじめてきた、憎い相手なのだから。そんな相手が強いだなんて、そんなの、そんなの。
おかしい、だろ


命を救える人間が長生きできないような
お金持ちががめつくないような
百年の恋が冷めるような
友情がひょんなことで崩れてしまうような


そんなおかしいことだろ


「べつにおかしいことじゃないぞ、精市」


顔が白いままに柳は俺に言った。呟いてしまっていたのだろうか。咄嗟に口許を押さえると、柳は真田を一瞥したあとこう笑いかけてきた。


「彼は、中学一年生で補欠だがレギュラーに選ばれた人間だった。部長と同じくな。俺達が入るまでは二人がこれからの部を引っ張っていくのだと期待されていたそうだぞ。つまり、堤腹先輩にはそれ相応の実力がある」

幸村は――精市は知らなかっただろうがな。先輩にも先輩自身の強いテニスがある。
柳はそう言って、真田と同じように嬉しそうに堤腹先輩を見た。どうしてそんな目で見れるんだ。堤腹先輩にされたことを忘れたの?
問い掛けそうになる。声に出したくなる。だって、いっぱい嫌なことされたじゃないか。三人で泣いたじゃないか。あんなに辛かったじゃないか。許せるのか。
俺は許せない
許すことなんて、出来ない。
それなのに柳は許せるのか。裏切られたような気がした。裏切られたわけではないのに、単純に裏切られたようなきがした。
ギリリと唇の先を噛む。鉄の味が口の中に広がる。


「許せないか。今でも」

「………」

「俺もだ。堤腹先輩を許せない。先輩にはバックを捨てられた。ラケットを捨てられた。ときには制服を捨てられたな。愛用のタオル。レギュラーの証であるジャージ、泥をつけられたり、引き裂かれたことが多くあった。今でも思い返すと胸に横たわる重りが重くなる、でも、精市、俺は、いや俺達は信じているんだ。テニスでならば分かり合えるとな」


―――はあ?
柳を凝視する。なにを言っているんだ。そんな荒唐無稽な話しありえるものか。唇の先がひきつった、ピクピクと頬の肉が動いた。






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