幸村精市 五月八日





「い」

「いい加減にせんかっ!!」


なっ。
耳を塞ぎ、突然の怒鳴り声に後ろを振り向く。なんなんだよ、いったい!


「ぐじぐじぐじぐじと、昔からそうだ!なにか示したいなら、言葉ではなくテニスで示せ!!」


真田が、仁王立ちをして言い放つ。ぽかーんと口を開けて押し黙った。

いや、落ち着け真田弦一郎、お前は何をいっているんだ。お前の目の前にいる先輩はもうすぐ部活から退部する部員だぞ!?

それなのにテニスで示せとかなにを言っているんだ、実力で示せとか示せるならば示せただろう


「弦、弦一郎?」


おい、柳を困らせるな。かなり動揺しているぞ。なにをしてるんだお前はというか俺の言葉を遮るな。
沸き上がってきていた熱が一気に鎮火していく。真田弦一郎という男に熱意ごと持っていかれてしまったようだ。


「無理に決まってんだろっ、てめぇらに勝てっかよ!」

「勝てないから挑まないのか?とんだ腰抜けだな、お前がレギュラーに入れられなかった理由も分かろうというものだ」

「んだとっ?」

「お前は腰抜けだからレギュラーに選ばれなかったのだと、そう言っている!」

「真田テメエっ……!」



……なにやってんだよ真田!もういいよ、もういいから、もうこれ以上はやんなくていいから、確かに頭に上るようなことばかり言われていたけれど、それももうこれで終わりなんだから、もうこれで最後なんだから関わらなくたっていいじゃないか。そんままにしておこうよ、俺疲れたよ。あとさっきまで熱を帯びていた俺が言うことじゃないが、あんまり言いすぎるのはよくないと思うんだけど……。


しかし俺の思いとは裏腹に真田は堤腹先輩に啖呵を切っている、隣にいた柳は顔を真っ青にさせてぐったりと壁に寄りかかっていた。


「もう一度ってみやが」

「お前は腰抜けだからレギュラーに選ばれなかったのだ!」

「表でやがれ真田ア!テメェ俺様と戦って生きて帰れると思うなよっ」


威勢のよい叫びに、くしゃりと真田が破顔一笑した。
呆れたテニスバカだ。真田はもしかしたらテニスだったらなんでも解決出来るとかそんな幻想を抱いているわけじゃないよね。少し心配になる。俺とたまに喧嘩したときもテニスで仲直りするし、柳と意見が食い違ったときもテニスで物事を諌める真田はテニスに依存し過ぎているきらいがある。

バンと音を立てて、先輩が蹴り破らんばかりにドアを開けた。真田はそれに続き、部室には俺と柳だけが残る。しーんと静まり帰った無音の部室にはさっきまでの熱はない。頭に手を当てて、深い溜め息をつく。もう理解不能だ。

……どうにでもなれ。

取り敢えず、目の前が真っ白になっていそうなうちの参謀を起こさせて、後を追うことだけに集中しよう







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