幸村精市 五月八日





堤腹先輩に直接憎悪感を示されるのは始めてだ。
でも昔から気が付いていた感情を言われてもどうということはなかった。
動かした眉を戻す、堤腹先輩の目には笑顔をした俺が映った。何時もの笑みを湛えた俺を見て堤腹先輩は息をハッと飲んだ。
怯えを孕んだ目とかち合う、今更後悔とかしているんだったら面白いなぁ、喉の奥から笑い声が出そうになった。

……ん、なんか性格悪いのが露見したよね? いやでも目の前で嫌いだ発言されたわけだし、普通はこんぐらい愉快に思うのかな?

少し困惑する。そういうえば、この頃はなかなかこんな思いになったことはなかった。多分俺の年の関係と円満に見せた上下関係のお陰だろう。中学一年から三年になるまで基本的に俺こうやってピリピリしてたなぁ……、内側で、だけど。
懐かしい過去に思いを馳せることを留めて、堤腹先輩を捉える。


「嫌い、ですか」


嫌い、嫌いね。いや、それはよく分かるよ、中学一年から二年に掛けてずっと嫌がらせ、受けてきましたから。ぶっちゃけ好かれて全然ないだろうなぁーと思ってましたって。


「どうしてですか」


でもその理由を、いじめてくる正当な理由を聞いたことがなかったな。
予想はつきそうだけど、きいてみる。
先輩にお伺いをたてる後輩の質問を堤腹先輩は無下にはしないだろう


「神の子って偉そうにしやがって、お前ただのガキじゃねぇかっ」

「はい、そうですね。先輩はやっぱり気が付いてましたか。俺は神の子なんて呼ばれてますけど人間の、ガキですよ」


それで、どうかしました?

質問を重ねる、まさかそれだけの不満でこんなことが起こったわけじゃないだろう


「そうやって物分かりがいいように見せやがってっ、腹の中じゃ何考えてやがんだかわかんねぇっ!強いだけで俺達を見下ろしやがってっ、うぜぇんだよっ、てめぇら化け物がっ人様を見下すんじゃねぇっ!」




………。
……………。
…………………。

うん、いや、うん。
バカじゃ、ないのかなこの先輩。いや、そのままバカなんだろうな。なにその理由、つまり先輩は別に俺に対して個人的な欠点を嫌っているわけじゃなくて、ただ三強と呼ばれる俺達の強さを僻んで、妬んで、恨んで、嫉妬しているだけじゃないか。先輩が上げた嫌いな理由がダブっているのはその為だ、つまり先輩は強い奴が、テニスが強いやつが嫌いなだけだ。そこには幸村精市に対する個人的な憎悪がない、恋人を取られたとか言われたほうがまだ良かった、だって先輩が言っているそのことは、生徒が偉そうにしているからと先生を嫌う気持ちとあまり大差はないのだから。

部長には申し訳ないけどこの先輩救いようがない。

バカじゃないだろうか。
というか先輩理由が無茶苦茶だ、前の言葉と矛盾しているんだけど。

こんなことに巻き込まれた友が一番可哀想……。きっと俺に直接的な暴力が出来ないからって友を狙ったのだろう。

でもまあ、それだけ俺と友が親密な関係だって思われたんだよね。
そこだけは少し嬉しいかも。


「化け物がっ、くそっ、くそっお前らさえお前らさえいなければっ、俺がっ!俺が!」

「俺が、なんですか?」

「俺がっ、俺がレギュラーにっ」


なっていたつもりなのだろうか、この先輩は。そうだとしたら、お目出度い頭をしているとしか言いようがない。頭に愉快なランプの灯火を灯しているのだろうか。あなたのテニスでは跡部に勝てない。今年ベストメンバーで臨む不動峰にも、勝てはしない。

俺達がどれくらい中学校のとき必死で、必死で、死ぬかという思いで、彼らから勝ちを奪い取ったということを、彼らは知らないのだろうか。
そりゃそうだ、知らないだろう。この人たちは俺たちをいじめることに夢中になって、一個として先輩らしいことなんてやってくれたことがないのだから。皆無と、言っていいほどに。

だから、だからこの人たちは、嫌いなんだ。嫌なんだ、身分を弁えろよ。自覚しろよ。なんで、分からないのかな。自分の価値が理解できないのかな。偉ぶるだけで、自分は努力しようともしない、ただの一般人だと、どうして理解できない。何故、偉そうに胸をはるんだよ。
お前が築き上げてきた連勝でも、常勝でもないのに……っ。誰が必死で守っているかも知らない癖に。

まるで自分達がさも築き上げたとでも言わんばかりに。そして奪われたとでも言わんばかりに。
知らない、癖に。

言い返そうと口を動かそうとした。流石に黙ってはいられない、そんな駄々を捏ねる子供のせいで俺達は大切な試合を、優勝を、出来なくなっていたかも知れないのだ。暗い雲を突き破るかのように鋭く目を尖らせて、上唇を上げてオの型を取らせる。顎が小さく脈だって、ドクリと血を流すような感覚が顔面を支配した。全ての血が顔に集まっている妙な感覚に捕らわれる。


『あんたはなに、神様にでもなったつもり?だったらおかと違いの妄想よ。あんたは人間、私も人間、きっと私だってあんたと同じ条件ならそんな醜い姿になっているわ』

目を瞬きさせた瞬間、知っている言葉が頭をかけていった、そんな気がした。






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