幸村精市 五月八日






窓外に貼り付けられた朝露の雫がゆっくりと滴り落ちる。部室の中は底冷えしていて足から冷たさに足を絡めとられてしまうような感覚に襲われる。俺は一歩を踏み出して、中にいる彼を見つめた。着崩された洋服が彼の昨日から今日までの時間を表しているように思えた。


「……きたのかよ」


部室の一角をずっと見据えていた先輩が憎々しげに囁いた。耳に触れた先から何故来たのだという文が浮かび上がる。彼はきっと俺達が彼に会うのを拒むと思っていたのだろう。そんなわけないのに。


「真実を聞きにきました」

「真実、ねえ……俺がその真実とやらを教えたら俺はどうなるんだ、幸村」

「然るべき罰を受けてもらうことになります」

「ハッ、……ハハハ、罰、罰ねぇ…。罰かぁ……」


空笑いが部室に広がる。元気がない空虚な笑いに、隣に控えていた柳が眉を潜める。体調でも慮っているのだろうか。不快とは違う感情が伝わってくる。相変わらず、甘い奴だなあ、そう思っていると堤腹先輩が眉を潜めた柳を見て、いきなり大声で笑い出した。


「おいおい、柳まさか心配してんのか?俺に?ぶっははははは、じょ、冗談だろっ、はっはは、腹痛いぜっ、マジかよっ」


それは突き放すような声だった。何故だかそこに優しさが垣間見える。だけどその優しさは瞬間消えることになる。


「お前はいつもそうだよな、優しいって顔していい子ぶって。山木山からもきいたよ、柳お前はさ、心配じゃねぇんだよ、俺を心配してるわけじゃねぇんだ。お前はただ憐れんでんだよ、ただただ弱い俺らを可愛そうだって、魚が釣られて捌かれてるのを見ているかのような目で、見てんだよっ。自分とは関係ねえところだからって他人に同情してんだよっ!」


柳がそんな風に見ていたことがあっただろうか。俺や真田と違って、そんな上からの目線でものを見たことがあっただろうか。この、いつでも立海テニス部という部活のことを考えて尽力し続けた男は、先輩達を見て、堤腹先輩を見て、同情していたのだろうか。

何かを伝えたそうにしていることは何回もあった。何かを我慢していそうなときも何回もあった。その視線は同情だったのだろうか、可哀想という、可愛そうだという目線だっただろうか。憐れんで、いただろうか。

俺は柳ではない。だから俺には柳が憐れんでいなかったかどうかは分からない。だから俺が口を出す問題ではないのだということは分かる。でも、歯痒かった。どうして、そんなことをいうのだろうかと俺は堤腹先輩に思った。何故そんな考えが出来るのだろうかと、思った。だって普通自分が弱っているとき向けられるのは心配の視線の筈じゃないか。それを癇癪を起こして、悲観し喚き散らすだなんて……。でもそう思ったとき、きっとこれは俺が此方側にいるから思うんだろうなあと考えてしまった。きっと俺も彼の位地にいたらそう考えてしまうんだろう。

自分より強い相手、その相手から心配される。
それは、弱い自分からすれば同情のようにも、憐れみのようにも思えるのだろう。

でも、俺は堤腹先輩の気持ちが分かっても共感出来ても賛同はしなくないと思った。それは柳が友達だからなのか、それともそんな惨めな思いに賛同しなくなかったからなのか、よく分からなかった。


「真田、お前は他人なんてどうでもいい。ただ勝つためだけに、勝ちたいが為に、俺達を見下ろしてくる。何様だよっ!お前らは上からの見下ろしてよっ!お前らが神か何かになったつもりか?!」


先輩の息は荒く、その音は周りに霧散していく。流れ落ちる雫の連なりがその音によって流れ落ちるような奇妙な錯覚を覚えた。


「幸村、俺はお前は一番嫌いだ」


俺はぴくりと眉を動かした。






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