幸村精市 五月七日
「それが理由なのか」
青い顔をした部長はただ確かめるようにそう言った。
化け物。
化け物、か。
真田がギリリと歯軋りをした。ただ歯がゆい。言い返すことは出来なかった。だってその言葉は選手としては嬉しい限りの言葉だからだ。化け物みたいに強い。それは最高の褒め言葉だ。それだけ強いのは、いいことなのだ。だから、言い返せない、どんなに不愉快な言葉でも、名誉あることなのだから。
「そんな理由で?なんだよ、そんな理由って、正当な理由だろ?!だって化け物なんだぜ?!化け物なそいつらが俺達と同じように毎日充実してますって顔で生きているって可笑しいだろ?!」
「堤腹っ」
「お前だって言ってたじゃないか!あいつらはおかしいって!化け物だって!化け物のそいつらはおかしいって!」
「堤腹っ!」
叱咤が飛び、堤腹先輩が黙り込む。部長が悲しそうに眉を潜めた。
「幸村達と彼女は関係ないだろ」
堤腹先輩は納得いかなさそうに唸った。真田は声を張り上げた。部長は真田の方を向く。
「取り敢えず、部室に戻りましょう。雨が降る」
見上げると空に黒を垂らしたように曇っていた。ほのかに湿った匂いも匂ってきて今にも雨が降りそうだ。柳が同意した。慌てて俺も同意する。雨の中での話し合いは風邪をひいてしまう。でも部長が首を横に振った。
「お前らは帰れ。今日は悪かったな、明日ちゃんと話すから、どうか今日は俺に任せてくれないか」
俺は少し頭を抱える。本当は今でも堤腹先輩に殴りかかって理由を聞きたい。どうしてだと怒鳴りたい。だけど、それをしてどうなる。今感情的になったら、折角の部長の気持ちを台無しにしてしまうのではないか。
でも、部長の思いなんてどうでもいい、詰りたいという気持ちもある。部長だって俺達のこと化け物だと思っていたのに、裏切らないって、どうして言える?相手を丸め込んで自分が少しでもいいように計らないと誰が言える?
俺は、小さく息を吐いて、息を吸った。
「わかり、ました」
「いいのか精市」
柳が心配そうな声色で言うが、俺はそれを無視したまま部長を見て頷いた。コクリと部長が頷き返す。
この人を信じてみよう。大丈夫。この人は俺達の部長だ。
小さく自分の中で納得をつけて後ろを向く。
ポツリポツリと雨がかかるのが分かった。