幸村精市 五月七日





土埃が舞い上がるグランドの隅の方には少しだけ死角になるところが存在する。その場所はじめじめとしていて、苔などが生えている昔のヤンキーマンガに出てきそうな日当たりが悪い所だ。授業では全くといっていい程この場所に関与しないから、真田や俺は初めてこんな水捌けが悪い場所に来たことになる。柳は悠々と抜かりみを避けているのでどうやらここには何回か足を踏み入れたことがあるようだった。

一足早く奥へと進んでいく先輩の背中を見失わないようについていくと、急に光が小さくなり、暗さが増す。辺りを見るとどうやら障害物が多くなって陽射しが容易には当たらないようになっているらしい。朧気に見える先輩の黒い髪を後ろから追い掛け、足先に力を込めて進む。


その内大きな空き地程もあろうかというところにつくと、光はこぼれ初め、目が見える程度には回復していた。周りは相変わらず埃っぽいが、じめじめとした感覚はない。土を踏んだ足からは乾いた大地の感覚がして一先ず落ち着く。


「堤腹」

先輩が目の前で咎めるように声を掛けた。声の先には堤腹先輩を中心とした見覚えのある先輩達。堤腹先輩は部長を一瞥したあとこちらを向いて一瞬目を見開かせる。そしてすぐに顔付きを戻して部長に口を尖らせた鋭い声を浴びせる。


「どういうつもりだよ、そいつら連れてきて」


堤腹先輩は座っていたブロックから降りてこちらに近付いてくる。部長はその威圧的な行為をものともせずにきっぱりといい放つ。


「お前のやっていたことは犯罪だ」

「はあ!?なんの話だよ」

「DVD」

「……!」

「その様子だとやっぱり知ってるんだな」


部長が苦しそうに顔を歪めるのと同時に堤腹先輩は開き直ったように口元を吊り上げた。


「山木山が喋ったのか」

「お前のことを慕っている山木山が喋ると思っているのか?」


それは軽蔑を伴う声色だった。慕っている後輩を裏切らせて自分は被害者ぶるつもりか。そんな含みがある言葉。俺は目を瞬かせた。あまりにも相手を咎めるようなもの言いだったからだ。部長として相手を思いやる心を殺した、敵対する言葉。部室で見せた優しさは皆無の殺人兵器を思わせる厳しい台詞。


……ああ、そうか。巡回した思いが胸に流れ込んできた。
この人は一人だから。一人だから、こんなにもつらそうなのか。隣に並んだ二人を見る。俺達は三人で実質部活を回している。敵対する蓮二と真田。公平な俺。その三人で部長という役職を役割分担して負担を分配している。俺達は一人じゃない。でも部長は、この人は一人だ。厳しい面も優しい面も使い分けしなくちゃいけない。

だってそうしないと、一人では部活はまわせないから。


「山木山が喋ってねぇならだれが喋ったんだよっ」

「お前が丸井にDVDを渡すように指示したんだろ?」

「なっ、丸井が見せたのか!?そんなわけねぇ!あいつが見せてどうする?!あいつだって俺達と同じイジメテイタ人間だぜ?!」

「……部活で落ちていたのを俺達が没収したんですよ。丸井は中身をまだ見てなかったようですが」

「ああ?!」


双眸を刃のように尖らせて見る先輩をよそに柳は素知らぬ顔で飲料水みたいな声で笑う。


「先輩がちゃんと丸井に渡さないからこういうことになるんですよ」

「んだとっ!」

「やめておけ、自分が惨めになるだけだ」


先輩が振りかざした拳をいとも容易くねじ曲げて真田が慇懃無礼な態度で堤腹先輩を睨む。森に潜む梟のように不気味な色に押し負けたのか、怯む声が聞こえてきた。後ろからいたわるような声がきこえてきた。でも声は聞こえてくるだけで、なにもしない。立ち上がってくる様子もない。


「我々は部長を手助けするように言われてここにいる。口を挟むのにいちいち反応されては困ります。堤腹先輩」


真田が丁寧に説明すると堤腹先輩は部長を睨み付け突き立てるように言う。


「俺達をどうするつもりだよ。まさか退部させるわけじゃないよな」

「退部させるつもりだ」

その一言で雰囲気が一変した。こちらの優勢になったのだ。主導権を握った。後ろにいた先輩達が悲鳴をあげる。嘘だろ、冗談だろ。言われ続ける言葉にもう一度先輩の大きな声が飛ぶ。


「退部させるつもりだ。俺共々な」


その場が静まり帰り、重い空気が漂った。体育特待生が殆どのテニス部は部活を辞めると色々な補助がなくなる。お金や勉強やその他諸々が全てが、なくなる。現実を前に一同が信じられないでいるのだろう。ありありとうつるどうしてという疑問文。
額に鋭い痛みが走った。

こいつらは…この人達は

なにも分かってないで、友にあんなことをしていたのか。
なんの思いもなく、ただ当然だと言わんばかりに、金属バットを振り、下卑た笑い声で笑っていたのか。

許せなかった。ただそれだけだった。俺のせいなのかもしれない。でも、それでも許せなかった。許すことなんて、出来なかった。出来るはずなかった。
俺の中で曖昧に引かれていた境界線が消えていく。原因は全部自分と雪羅さんのせいだと思っていた俺は考えを改めるべきなのだ。全部は俺と雪羅さんのせいじゃない。悦楽に浸っていた自分を引き締めて、確りと刻み込む。友はこの人達にイジメラレテイタ。原因はこの人達にもある。
友が学校に来ないことにはこの人達が関係している。だったら、罰が必要じゃないか。雪羅さんと同じく罰を受けるべきだ。


「何故あんなことをやったんだ堤腹っ」

「お前だって言ってたろ。こいつらは化け物だって!」


びしっと突きつけられた指はこちらを向いていた。部長が振り返る。その顔は青ざめていた。




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