幸村精市 五月七日






結局、山木山から言葉をきくことはなく、俺と柳は現部長と共に顧問の先生に話をつけにいった。最初は渋い顔をされていたけど、そのうち柳が提案した―――いまあまり部活に参加していない先輩達を一掃するという話に乗っかって話をきいてくれることとなった。



そして、数日がたち、俺と柳と真田は現部長に呼ばれて、部室に残っていた。あのあとから丸井は部活はおろか学校にすら来ていない。俺は時計を見ながら、部長が来るのを待つ。不意に真田が小さく呟いた。


「丸井が言っていたのだが」

「ん?」

「知らなかった、らしい」

「それは哀川友のことか?」

「嗚呼。あんなに虐められていたとは知らなかったらしい」

「ほう」


柳がノートに書き込みながら、ゆっくりと真田を一瞥する。


「だが、それで許されはしない。知らなかった。分からなかった。だから、なんだ――と言われるだろうからな」


ムッすり黙り込んだ真田には負のオーラが付きまとう。きっと数日間悩みに悩んでいたのだろう。柳が言ったことはきっと真田だって分かっていることだろうから。言うかいわまいか悩んでいたのだろう。だってその言葉はあまりにも、価値がない言い逃れのようなものなのだから。でも真田がそれでも俺達に伝えたってことはきっと、俺達ぐらいは信じてやって欲しいという真田の思いが込められているのだろう。

今年で丸井との付き合いも五年目になろうともしている。十六才の俺は大体三分の一を丸井と共に過ごしてきたことになる。そして、それは蓮二も真田も同じなのだ。



「でも、丸井が知らなかったというのは信頼しているつもりだ」

「それは確率を除いてかい?」

ついつい声を差し込むと、破顔一笑して柳が口に出した。


「勿論だ」


俺は一瞬虚をつかれたが、その言葉を咀嚼すると蓮二のように破顔して、ゆっくりと口角を上げた。なんだかんだでやっぱり身内には甘い。二人とも、今から部長に会うっていうのに大丈夫なのかな、そんな覚悟で。でも暖かいなあ。


「俺も信じてるよ。丸井は知らなかったって」


心の奥に少しだけ本音を閉じ込めて、安心させるように笑うと、真田が申し訳なさそうに帽子のツバを引き寄せる。柳はそんな真田を見て微笑み、時計を一瞥するともうすぐ来るだろうと予測した。
うん、と静かに頷いて俺は部室のドアを見る。
そのとき、がちゃりとドアが開かれる音がした。


ドアが開けられるとほの暖かい日差しが射し込んだ。ごくりと唾を飲み込む。ドアから現れたのは今の部長で、俺達を手招きすると、疲れきった顔を無理やり動かし笑って、よかったともらした。


「お前達はいたな」

「部長。それでご用はなんでしょうか」


柳が抑揚をあまりつけずにいうと、部長はそうだそうだと笑顔を緩ませる。


「俺は高校から入った外部生入学だからな。中学生時代のことは知らない。だから、中学生時代を知っている君達に手伝って欲しいんだ」

「それは……何を?」

「こないだのDVDの事件だ。あれは君達が中学生のときに録られたものだった。だけど俺は君達が何故あんなDVDをあいつらから嫌がらせのように渡されたのか、知らない。一、二年たって何故君達に渡したのか理由が分からない。俺は何か理由があるんだと思ってる」

「先輩が理由を知ってどうすると言うのですか」


真田が固い声で聞いた。先輩の目がばちりと瞬く。


「俺はもうあいつらが犯人だと知っている。もう調べはついた。でも俺はあいつらにだって事情があったと思うんだ。俺は部長だ。あいつらのこの行為を防げたかった責任がある。だから、理由を調べている」

「どういうことですか?」

「そうだな、言うなれば引退の前に、部長を辞める前に、あいつらに理由をきいておきたいんだ。だって今まで二年ちょっとつるんできた仲間なんだぜ?俺だけ知らないんじゃ、悲しいじゃないか」



柳が調べた結果、今部活に参加していない生徒全員と、レギュラーだった人達の過半数はあのDVDに関わっていることが分かったらしい。先輩にとっては同学年の仲間が半分以上減る。
そしてどうやら部長はその責任を――仲間が半分以上減るという責任をとって辞めると言っているらしい。

俺はこの人の仲間がいなくなったから辞めるというのには共感は出来ないし、テニスをあんまり好きじゃないんじゃないかとも思っちゃうけど、でも、好意なら抱ける。仲間と一緒に去る、その引き際は凄いと思う。

仲間のこと本当に信頼していたんだろうな。

今思い出せばこの人のまわりにも俺みたいに人が集まっていたように思う。今の一年が入ってきて、中学からの持ち上がり組が来るまで、俺と同じぐらい人が集まっていた。人望が厚い人なのだろう。


「分かりました。何を手伝えばいいですか」

「そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとうな幸村」


先輩は改めてにっこりと笑う。感情豊かなこの人がもうすぐここからいなくなるだなんて思えなかった。


「堤腹達が居る場所はもう分かっているんだ。ついてきてくれ」


先輩の背中を追い掛けて、走り出す。風をうけて走るその姿はメロスのように急いでいた。





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