幸村精市 五月二日






「な、なんだよぃ…俺は、別に」

「丸井、少し口を閉じておいてくれ。山木山と話したい。あとでゆっくり話してくれると助かる」

「……分かった」


口を結んで黙り込んだ丸井。その丸井から視線をずらし、柳は細い目をすっと開ける。びくりと体を震わした山木山は柳の目から目線を少し外した。


「とてもいい、先輩な」

「なんだよっ!お前もなんか言うつもりか柳っ!」

「ああ言うつもりだ。堤腹先輩には色々なことをされたからな。知っているか、山木山、あの先輩は俺と精市と弦一郎の大切なラケットを溝に落としてキャッキャと笑っていたんだぞ」


嫌な記憶が甦る。中学一年生。レギュラー入りをしてはじめての試合の前日。溝に捨てられたラケット。
――先輩には逆らってはいけない。


「んなわけねぇ!堤腹先輩はそんな回りくどいことなんてしないっ」

「本当にそうだろうか」

冷淡で、それでいて凍るような声。こんな声を出せたのか、蓮二って。


「……もう一度だけ言う、山木山、何かお前はいけないことをしたのではないか?そうであるなら言って欲しい。まだ贖罪のチャンスはある。まだお前は」

「ねぇよっ!俺はなにも悪いことなんかしてねぇっ!」

「そう、か」


理性に訴えかけるのも駄目だった。じゃあもう、自覚させるしかない。柳は静かにリモコンを持って、スイッチを押す。現れたのは緑色をしたコートの絵。停止されたままのそれをみて、丸井が首を傾げる。

そして、そのテレビが再生された。

瞬間黒くなる画面。ジャラリジャラリと不気味な音が鳴り続ける。俺は胸が痛くなるのを感じた。あれからもう何回も見たというのに、毎回痛みで頭が真っ白になる。どうして。なんで。頭をまわる馬鹿みたいに安直な疑問符は消えずに増え続けるばかりだ。俺は山木山を覗き込んだ。山木山は眉をつり上げて、目を見開き唇からどうしてと言葉をもらした。そして、キッと丸井を睨む。睨まれた丸井はそんなのお構い無しに画面に映された映像を凝視していた。


「なんだよぃ、これ」

「見れば分かるよ」


かわる画面。女の子の姿。殴り始める男。金属バット。うずくまる彼女。哀川、友


「哀川友は虐められていた。分かってもらえたか、丸井」


あんぐりと開けられた口から、嗚咽がもれる。嘔吐感を感じさせる呻きに柳がいち早く気が付き、真田を呼びつけて丸井を保健室にと移動させる。真田は小さく頷いて保健室へと足早に去っていった。残ったのは俺と蓮二と山木山。

パコンと擬音にするとやや軽めな音が彼女の体からきこえてきた。皮膚に出来た青アザはやがて青紫になり、枯れた花のように淀んだ色を出していた。綺麗だとは思えないラフレシアみたいなアザだ。


「山木山、今から言い訳するのは止めてくれ。お前はもう言い訳出来るような人間じゃない」

「因みに丸井はこの件関係ないよ。君は丸井が告発したみたいに思っているだろうけど、それは全くの勘違いだよ。丸井はね、このDVDを受け取って俺達に中身を見ないままに没収された、ただそれだけ」

「分かるだろう?丸井を怒るのは筋違いだ。そして俺達にあたるのもまた筋違い。言ってやる、山木山、お前が堤腹先輩と組んで哀川友をこの悪趣味なDVDに参加させたことは知っている」

「ねぇ、山木山。それでも関係ないんだって言うのだったら、言って見せてよ。キミは関係関係ないのだと高らかに言ってみせてよ」


うめき声が聞こえる。その声は男の声だった。
おかしいよね、普通、彼女があげるべき場面なのに。
画面を指差した俺に、山木山が唾を吐きかける。それでもにっこりと笑うと、怯んだようにわなわなと震える。

昔から抱いていた惨めだなぁという思いはもう思えなかった。





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