幸村精市 五月一日





なんだか懐かしいなとにやける柳とむすっと顔を強張らせる真田を隣につけて、俺の家でDVDを再生する。妹はもう二階に上がってしまって、母さん達は結婚記念日で遅い。何も気がねなくDVDを再生出来る環境に感謝しながら、お茶を注いで飲み干す。
丸井には許可を貰ったし、何も気にすることがない。ブラックアウトしている画面を見続けて数秒待つとラリーの音が聞こえてきた。伊武君の試合だ。赤也が去年の全国で戦ってタイブレークの後にやっと勝ったという事実上の不動峰の一番だった二大エースの一人。今年は彼と橘かのどちらかがS1に名乗り出てくるだろう。スポット攻撃怖いなと思いながら見ていると場面が切り替わって、神尾君の試合になる。赤也と並ぶぐらいのスピード。早い。凄く。丸井だったら、多分追い付かない。丸井だって王者立海の一人だ。でもそれでも速さだけじゃ負ける。サーブ&ボレーだから、速さはあまり関係ないかもしれないけど、これは結構痛い。この速さが中学時だったら、今の高校の先輩達は絶対に追い付けないだろう。高校生である程度体が出来ている神尾君が鍛えられていたら、俺だってキツいかも。テニスには自信があるけど、俺は速さに自信があるわけじゃない。スペックが皆よりも一回り上で冷静な判断力があるだけ、真田のような大技があるわけでもなく、柳のようなデータテニスが出来るわけじゃない俺はスペックを一つでも上回れたらその分だけ苦戦してしまう。基本的には捩じ伏せるやり方なのだが、苦戦するというのはその分だけ勝率が下がってしまうということ。王者の二年生が一年生に負けるだなんて、なあ。それは流石に、本当にいただけない。あと、当たったらヤバそうなのは石田君、なんだよな、波動球の。

俺は何気に波動球使いと戦ったことが公式では少ない。立海全体としてもあまりないし。パワーで押されるとそれを跳ね返すカウンターパンチャーが集中しているからだと思うがそれ以上に俺達は基本的にパワー系を真田か赤也に丸投げするから……。個人戦ではちゃんと試合もしないで棄権されることもあるし。あまり力圧しでガンガンこられたことはないのだ。四天王寺の石田君とかと戦ってみたいんだけどなあ……なんてたまに思う。
そんな事を思ってDVDを楽しくとはいかなくても思い出しながら、過去に浸りながら見ていると突然

―――ガチャリ。という鉄と鉄とがぶつかり合う、ラリーの音とは無縁の音が鳴った。真田がまわりを見渡し、柳が眉を潜める。なんの音だ。悪趣味な音。昨年聞いたときはこんな音なかったはずだけど。

ガチャリ。ガチャガチャ。ジャラリジャラリ。鉄の音。
金属音に似た鈍い音。


ジャラリジャラリ。
ジャラリ、ジャラリ。



「……っ!」


画面に映される、女の子。黒い背景。その中で光る鈍い輝き。なんで。なんで。あの時の記憶が戻ってくる。扉の奥から聞こえてきた鉄と鉄のぶつかりあった音。キラリと光る金属の煌めき。暗闇に浮かび上がる友の歪んだ顔。

そんな、バカな。
ばちりとパズルのピースが嵌まった。分かりたくないことを勝手に頭が解釈してしまってどうにも出来ない。俺はその姿を凝視してしまった。普通ならば顔を背けるべきであろうその光景を。暗やみに光る少女の姿を。体育館倉庫。あたりに散らばるマットと丸いバスケットボールの入った籠。


「……友……?」


柳が俺を廊下に追い出す。俺の肩を持って、「大丈夫か」と訊いてくる柳の顔は蒼白だ。

「落ち着け、いいか。精市」


そういう柳のほうが落ち着いてはいない。俺は柳の肩に手を置いて笑う。

「大丈夫だよ。柳」

「しかし……」

「……入れさせてくれ。あれは友なんだから、ね?」

「………弦一郎」


柳が部屋の中にいる真田を一瞥して名前を呼ぶ。部屋の中から燻るような否定の言葉が聞こえてきて、俺は柳の制御を振り払ってテレビを見た


「幸村っ!!」

真田の怒鳴り声。


『――殺して、ください』


ねえ、嘘ならそう言ってよ。
君はなんでそんな意味の分からない嘘をつくの。唇が熱くて熱くて仕方がない。燃える炎の塊が唇に当てられているような、痛み。

嘘じゃないんだろう。嘘なんかじゃないんだろう。銀色の光はあの時を証明している。ジャラリジャラリ。音がする。彼女の言葉に同調するように音が鳴る。


友のまわりには男らしき厳つい風貌の男達が足だけを見せるような形で出演していた。撮っていて尚且つ映っている男は目元がモザイク処理がされているのに、友にはそれもない。
ただ、着崩れさせたれた制服から青アザが存在を主張しているだけ。


男が下卑た声をあげる。手にはいつかの金属バット。振り上げられたその塊は友の腹部を殴りつける。文字通り、撲滅しようとしているようだった。

横たわる彼女が懸命に口を開いたり閉じたりする。言葉は出ない。何もない音もない口の巡回が何度も何度も開かれて閉じられてを繰り返す。


「助けて」

「幸村っ」

「助けてって、友が、言ってる」

「精市っ!」

「どうしよう、俺」

「しっかりせんか!」

「知っていたのに」

「気をしっかり持て、精市」

「友がいじめられてるの知ってたのに」



俺のまわりの人は優しいね。俺が怯えていたらこんなにも心配してくれるんだ。キミだってそうだった。そうだったのに、ねぇ、友。
なんで、俺に直接言ってくれなかったの。
俺はキミが助けてって言ってくれればきっとそれだけで舞い上がって、嫉妬なんてどうでも良くなっていただろうに。キミさえ俺に言ってくれれば、俺はキミに答えてあげられたのに。……八つ当たりなんだろうけど、でも本当なんだよ。キミが俺を必要とさえしてくれたら、それだけをしてくれたら。


「見ないフリをし続けていた俺は、こんなことになるなんて」

「っ」

「知らなくて、分かるわけもなくてっ……!」



キミをこんなに見ないフリし続けなかったのに。


「友、その言葉は誰に言っているの?俺だよね?だってキミには俺だけだもん。俺だけの筈だもん。ね、友。俺の名前を呼んで。喋って。口ずさんで。助けてよ、幸村君って、そう言ってよ!……ねぇ、そんなの振り下ろすなよ!やめろっ。友、友逃げて!そんなやつから逃げてよ。なんでそんなところに寝転んでいるんだよっ!死んじゃうよ!殺されちゃうよ!痛いの嫌だろ!怖いだろ!なんで逃げないの!友。友友!逃げてよっ。逃げろよっ!」


なにを言っているんだろ。わけが分からないことをほざいている俺。殴られ、蹴られ、青アザを増やす友。意味が分からない幼馴染みな俺達を真田と柳が見ている。

友以外がシロクロに見えてきた。

俺は、なにをやっているんだ。






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