幸村精市 五月一日
部室に水を取りにいってくると言っただけで柳は大丈夫かときいてきた。いや大丈夫だよと普通に返すと、いや大丈夫じゃないですよと赤也に言われる。それにも大丈夫だと返すと今度は柳生まで現れて大丈夫じゃないと言い出す始末。みんなは俺をなんだと思っているんだと若干あきれながら、強引に話をつけると何故だか先輩達以外の部員が俺の元に集まっていた、なんの集会だと先輩達に怒られるぞと指摘したらみんなが一斉に先輩達がいるコートを振り返る。先輩達はみんな水を飲みながら木陰で休んでいるようで、みんなは振り直りにひりと口を曲げて笑った。休憩中らしいから大丈夫っすよと赤也が言うと丸井がそれに同調して騒ぎ出す。俺、水取りにいきたかったんだけど……。頬を掻くと柳が気付いて真田をこずく。真田が大きい声で指示を飛ばすとみんなは蜘蛛の子みたい散らばって練習場所へと向かった。
「俺を出しに皆集まろうとしてるみたいだね」
「だしというか、精市のまわりに集まるからそう見えるだけだろう」
「そうかな?」
首を傾げると柳がそうだぞとノートに書き込んだ情報をみせてくれる。きれいな字で書かれたそれは砕けてはいるが読みやすく丁寧に書かれていた。俺は感心しながら読みすすめてクスリと微笑した。
「さっきの何故か既知感があると思ったら先週もこんな一場面があったんだね」
「ああ、あのときも精市が少し外すと言った時に真田が大丈夫かと言ったのが始まりだった」
「皆俺がいなくなるって言ったら敏感に反応し過ぎだよ」
「……そうでもないぞ?普通だ」
「昨日仁王が屋上に逃げていたときはそこまででもなかっただろう?」
「仁王はいいんだ。仁王のはよくあることだからな。でも精市は違う」
「みんな過保護過ぎるよ」
柳は視線をそらし、困ったような、それでいて照れ臭そうな顔をして俺に告げる。
「精市はこの部活の中心だからな。この部活で何かがあっても、精市とならば乗り越えられると俺も皆も思っているのだろう」
嬉しいな。
この部活はとても温かい。家族みたいなものなのだと思う。いつも一緒にいるから、心で繋がっている。そんな感じがする。友にもこんな人達がいたらいいのに。ふとそこで友を思い浮かべて笑った。いつか、俺の家族みたいなみんなに友を紹介出来たら、嬉しい。そのときは丸井からの友への勘違いをとかないといけないけど、丸井も別に悪いわけじゃないし、仲直りは出来ないことはないだろう。
「嬉しいよ。……でもそれのせいで真田が日に日に老化していると思うんだけど?」
「そうか?弦一郎は昔からあんなのだぞ」
クスクスとツボに入ったらしい柳に笑うのは程々にしときなよといって部室に向かう。柳、真田に怒られていないといいけど。いつも笑っているところを注意されがちな柳を思い浮かべながら扉を開ける。
開いた瞬間見えたのは、DVDのディスクとそのケース。それが床に落ちていて、ケースからディスクがはみ出している。そんな映像。俺はその二つを拾い上げ、首を捻る。なんだこれ、DVD?
頭をあげるとゴツンとロッカーの角に当たる。かなりいたくて悶絶していると、そのロッカーが丸井のロッカーだとわかり、ロッカーの中に仕舞われたケーキを貰おうかと思った。
……丸井のものかな?ロッカーの目の前に落ちていたDVDディスクとケース。簡単に考えたら丸井のものだ。でも学校にDVDって厳禁なんだけどなあ。しょうがない、没収して後で返すか。
ロッカーを力よくしめて、ケースの中にDVDを戻して自分のロッカーの中に入っているペットボトルを取り出す。水を吸水する為に何度か喉をならし唇を潤す。そしてもう一度DVDを見直した。
………?
何処かで見覚えがあるような気がする。このDVD。
ギザギザと擦りきれそうなDVD。何度も何度も見返したような傷がついたこれは、記憶の何処かに追いやったことがあるものと似ている。思い出せ、これはなんだ?
どこでみたんだった?
記憶の糸を手繰り寄せて、何度も何度も検索する。反芻する。何処だ。何か取っ掛かりは掴めている。黒いジャージ。そう、それが見え隠れするのだ。一体どこの話しだったか。一体なんの話しだったか。
黒いジャージ。そして、二年生ばかりの、――そうだ、確かあれは。『不動峰』のデータ。試合の様子を録画したやつだ。赤也の為に柳が用意して、俺たち三年生で集まって来年の優勝を確実にして貰う為に、次期三年生。つまりあの当時二年生だった不動峰の生徒達を調べに調べ尽くしたときに使ったもの。データは分かりやすくするためちゃんと編集してから赤也にやった筈だ。だからこれは何処か部室に置いたままになっている筈だったのに。
懐かしさとやっと答えが出た達成感に当てられて、少しだけ笑ってしまう。どうだろう、久しぶりに見てみないだろうか。皆を誘って。………って、流石に駄目かな。一応規則違反な訳だし。でもこれはなあ……。俺たちが頑張った証でもあるわけだし。
柳と真田に確認を取ってからならいいかな。別に何か隠し事の為のDVDじゃない。先輩達も許してくれるだろう。別に試合のDVDの筈だし。
ペットボトルのかわりに俺のロッカーの中にDVDを入れる。丸井にもちゃんと言っておかなくちゃな。ペットボトルを持ってドアを開けて、そう思った。
そのDVDがなんなのかも知らずに。
ただ、嬉しそうに。