幸村精市



西置さんが言っていた話は俺が殆ど思い描いていた通りで、彼女は嫌がらせ……いいや、もういじめと言っても構わないだろうを行為を受けていた。俺が思っていたよりもかなり暴力的だったのには驚いたけど、それ以上に驚いたのはその先だった。
雪羅愛鶴さんは友を全国大会応援に行かせないとともに伏線をはっていたのだ。応援にいかなかったという不在証明を。いじめていたという時間を、イジメラレテいたという時間に替えてしまうそういう伏線を。おかげで友は友達の裏切りといじめという二重苦を味わうことになって、雪羅さんは友達に裏切られた悲劇のヒロインを演じれることとなった。

おとなしそうな顔をしてやることが躊躇いなく、残虐。
恐ろしいと、思う。
そしてやっぱり俺と似ているとも思った。



西置さんの話を聞き終わって俺はそれでも疑問の雲を晴らすことは出来なかった。だって俺が知りたいのは友が陥れていく過程じゃない。どうして俺にその秘密を打ち明けてくれるか、そして止まらないとは何をさすのかということなのだから。

じゅくりと鼻をすすりながら、西置さんが俺をすがるように見る。トナカイみたいだ〜と笑えばきっとこの場は凍りつくんだろうなと思ったらなんだかおかしくて、ついつい笑いを溢してしまった。西置さんにビクリと過剰反応される。
怒ったとでも思ったのかな。俺はそんなに沸点高いわけじゃないんだけど。というか大体、女の子には優しいほうなんだけどな。
彼女の櫛でさばかれたつるつるした髪に手をのせて(このときもびくってされた)優しく撫でる。慰められているとでも勘違いするだろう、そんな速度。そんな手付きで。
にっこりと笑顔を湛えながら、西置さんの耳元に近付けて小さく言葉を囁く。

「ありがとう、泣かないで。キミはよく話してくれた、だから泣かないで」

「っ!わたしっ、わたし達は!……幸…村くんのっ、恋をめちゃくちゃにっ、しちゃったのに!!」


そんなことはないよ。だって、俺には友がいるから。
俺の恋はまだ、めちゃくちゃになんかなっていないのだから。
責任なんて感じなくていいのに。

「ごめんなさい!……ごめんなさい」


それに、俺に謝るんじゃ意味がない。彼女達が謝るべきなのは友であって俺じゃない。

彼女の肩をもって立たせる。彼女の目が俺を映した。目に映った俺はいつもの張り付けたような笑みをしていて、その瞳の世界にいる。

「西置さん、もういい。それよりも大切なことがあるんじゃないのかい?」

「あっ……!そ、そうだった、ごめんっ、わたし、つい私情に走っちゃった……。幸村くん、一緒についてきてほしいの、もうすぐ始まっちゃうっ」

「始まるって何が?」

「雪羅愛鶴の処刑!……みんなあの噂を流したのが雪羅愛鶴だと思っているの!雪羅さんがわたし達を使って哀川さんをいじめさせたって!みんな罪悪感でおかしくなって、誰かをいじめておかないと怖いの!」


まったく、この子達が集まるとろくなことがおきない。綺麗な髪も、化粧で整えられた顔も外見だけでしかなくて、大人しいだなんて思った子が内面汚いなんてことザラだ。
内心毒を吐きながら西置さんの隣に並んで走る。
友は褒めてくれるかな。俺がキミを裏切った友人を助けること。まあ今からするのは褒められるようなことをするわけじゃないんだけどね。口の中のザラついた思いを飲み込んで、哀川友を思う。キミは、俺を神様みたいな人だとは言わない。だからキミの為だったら汚いところを見せれるんだ。これを俺は恥だとは思わない。友。全部終わらせるから、戻ってきて。学校にキミを裏切るようなやつはもう、いないようにするから。



「自分を傷付けて、友をいじめるのは楽しかったかい?雪羅、愛鶴さん。」「さあ、じゃあ楽しい時間は終わりだよ。ねえ、雪羅さん」「キミは自分の罪を生徒全員の前で告白するか、俺達のマネージャーをやってこのままイジメラレるかどっちがいいかな」「俺は寛大だから、キミが決めるまで、ずっーと待ってあげるよ。ずっーと、ね?」「大丈夫。俺待つのは好きなんだ。友のことだって、キミのことだって、待ってあげるから。だからさ、悩んでていいんだよ。………友が苦しんだだけ、キミも罪悪感と虚無感と怒りに悶え苦しむといい」


目を見開いて口から唾液を流しながら醜態を晒し、女の子達に威圧されて、這いつくばっている彼女を抱き上げて、肩を押し尻餅をつかせる。彼女の目が俺を映す。俺はやっぱり笑ったままだった。雪羅さんの目頭に涙が溜まる。雫は今にも溢れ出しそうだ。
ねぇ、もしかして友に助けてとでも言いたいんじゃないの?
そういえば、訊いたよ。雪羅さん。キミ、友にいじめられるの止めてもらったんだってね。それで友達になったんだって。
そう、今の俺みたいな感じでさ。皆に囲まれているところから助けて貰ったんだろう?
それなのに、友を裏切って、それで都合のいいときにだけ助けを求めるんだ。
キミは、最低だね。
最低な雪羅さんは泣く権利すらはないんだよ。
だから泣くな。
お前みたいな汚い人間が、泣くなよ。
もう正義のヒーローはこない。キミは一生嫌われたまま生きるといい。


ポツリポツリと雨が降り注ぐ。この場には雨音と何人もの息遣いしかきこえてこない。目の前にいる雪羅さんはただ恐怖を抱いたような顔をして俺を見ていた。


「全校生徒の……前での罪の告白はやりたく………ありませんっ……」

「そう、じゃあイジメラレて?」

彼女の瞳の中の俺が目を細める。つり上がった口。赤い唇。赤也みたいなわかりやすい悪魔じゃないけど、瞳の奥に住む俺は悪魔のように優しく、たぶらかすようににっこりと笑っている。


「ひぃっ……い、いやあ!!もうこんなのいやっ、いやぁ!助けてっ、助けてよっ!」

友っ。痛いよ。もうイジメラレタクないよ。どうして。どうして、私をタスケテくれないの!

金切り声をあげる雪羅さんの手を力強くひいて立ち上がらせる。ぐっと痛いことを表したような声がもれる。構わず彼女の手首を持って校舎の中に入ろうとした。途中で見えたのは雪羅さんを囲んでいた、今俺を見て呆然としている女の子達。俺は彼女達に向かって声をかける。明日また詳しく話をきかせて貰おうかな。今日は皆疲れただろうから、また明日。さようなら。
明るい声色で言ったら数名の女子がさようならと返す。それに満足して俺は雪羅さんを引き連れて校舎の中に入った。


校舎は夜を思わせる静けさに包まれていて、階段をのぼるたびに二人分の靴音が拡散していく。波紋のように広がっていくその音はまるで雨音のようで、そういえばさっき小雨が降っていたけどすぐやんだなと思い出した。雨はあんまり好きではないから、いいけど。でも曇ったようななんともいえない日は好きだな。彼女と病院を脱け出したあの日を関連して思い出す。初めて彼女を女だと認識した日。俺が手術をする数日前。あの日は確か曇ったようななんともいえない日だった。彼女に押されて上がっていった屋上。あの屋上から見た景色。劣等感と焦燥感。そしてキミがいった俺にある沢山の出来ること、上手なところ、いいところ。あんなにいいところを言われたのは初めてだった。学校の授業でいいところ探しだなんてものあったけど、そのとき数多くの人から貰ったいいところなんか比べるにあたいしないほど、彼女は俺にいいところを教えてくれた。それで、訊くのだ、あなたにはテニスしかないわけじゃない。テニスなんかにしがみつく必要なんかない。テニスをやめることは出来ないかと。
懐かしくて、それでいて嬉しくて、いまでも泣きそうになる。俺の周りにはお金の心配をする親と、テニスの試合を心配する仲間しかいなかったから。テニスをやめてくれないかと懇願されたとき、どれだけ嬉しかったことか。どれだけ救われたことか。キミのことがどれだけ好きになったことか。

ねぇ、綺麗で汚い空だね。そう言って俺は泣いた顔を隠したよね。キミはなんだか綺麗な語りねと表情を和らげた。『マクベス』っていうシェイクスピアの戯曲知ってるかな。しらないわね。その中の一文なんだ。そういうと文系ではないキミは眉を潜めて難しそうね、面白いのと訊いてきた。面白いというか悲しいんだ。病人が気落ちするものを読んじゃ駄目よ。ますます眉を潜めるキミに俺はこう言ったよね。キミも読んでみなよって。キミは俺が学校に復帰したのち、自分でマクベスを買っていた、キミは小難しい本を読まない人だから、嬉しかった。夏目漱石の『我が輩は猫である』さえ同じような口調で上がり下がりなく淡々と物語を語られるのはしょうに合わないって投げ出したのに、眉を潜めながら、それでも一生懸命文字をたどってくれていた。俺が薦めたからって今でもききたいぐらいなんだ。それくらい嬉しかった。


……だから。
だから、さ。そんなキミを裏切った雪羅さんは、報いを受けるべきだよね。屋上へ続く階段。そこで手を離すと赤くなった手を擦りながら雪羅さんがこちらを睨んでくる。ぎょろりとした目。その中にも俺が不気味なほどに笑っていた顔が映っている。


「この先には仁王がいるよ。雪羅さん」

「っ!!なんでそれをっ!」

「俺は、柳蓮二の親友だからね。噂話にはことを欠かない」

変わった顔付きをみて、本当に好きなんだろうなと思った。本当に仁王のことが好きなんだろうって。俺も仁王とくっ付けばいいと思ってたんだよ。ただ、おもってたって過去形だけど。

「好きな人に幻滅されて嫌われるか、マネージャーになるか、どっちがいいかなって訊けば頷いてくれるよね。ほらさっきキミに肯定をしてもらえなかったからさ。俺も無理やりさせたってなったら目覚めが悪いからね。承諾して欲しいな」

してくれなきゃ今すぐ仁王のところに行くことになるんだけどね。
雪羅さんの顔がぐにゃりと歪んだ。初めてみせるそんな顔よりも俺は肯定の言葉を急かした。雪羅さんの目が俺を睨む。不安定に揺れる瞳でしっかりと睨み付けてくる。


「やればいいんでしょっ!やればっ!!」

「うん、ありがとう雪羅さん。これからよろしくね」

「っ!!………っ!」


さっきとはうってかわり、憎悪で顔が歪む雪羅さんをみて、ふっと微笑した。
友の回りにはろくなやつがいない。俺しかり、雪羅さんしかり。
類は友を呼ぶじゃないだろう。きっとこれはキミの回りにろくなやつが集まってこないだけ。

友、何時まで本を読んでいるんだい。
そろそろ出てきてよ。
キミが寝転んだ階段の床を踏みしめながら、今日もキミの家を目指した。




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