幸村精市




それから柳との衝突は日に日に激しくなって、一週間ずっと怒鳴り声を響かせて言い合っていくようになった。そんな俺達を真田は止めようとしたけれど、柳生に何度も止められて、俺たちはあいつの鉄拳制裁を受けずにすんだんだけど、今思えば、あの時点で俺は真田に叩かれておくべきだったと思う。叩かれたところで事態はもう終わっているも同然だったけれど、それでも俺が正気付くのが早くなっていたと思うから。こんな意味のない言い争いをしなくてもすんでいたのだろうから。言っても栓無きことだろうけど。



梅雨が終わり初夏に入って、中学三年生のとき入院していたのを思い出す。そういえばもうすぐ彼女が俺を屋上に連れていってくれた日になるや。あの時のことを思い出すと顔がぽっと赤くなった。彼女の顔が女で、儚いほど神秘的なのを思い出し、愛しい気持ちが溢れだしてくる。
そんな気持ちに浸っていると後ろから先輩に注意された。関東大会間近だぞ、気合いを入れろ。そんなことを言われた。俺よりもテニスが弱い先輩に言われたのは正直ムッとしてしまったけど、俺が悪いのだと分かったから押し黙る。こういうことの分別は分かっている。先輩には楯突いちゃいけない、敵にまわさない為にも。それに去年の夏、中学三年生で立海の看板に泥を塗った俺達だしね。
今年は絶対に負けられない。


高校一年生代表として(といってはなんだけど)中学一年生のときみたいに俺達三強はシングルス3とダブルス2を任されることとなって、関東大会に臨んだ。ぶっちゃけ先輩達よりも仁王や丸井、桑原に柳生のほうが強いんだけどなあ、なんて思いながら俺じゃあ絶対にミスしないボールを落としてしまうシングルス2の試合をみながら、頬杖をつく。柳とはいまだに和解できていないけど、彼は俺の隣でいつもみたいにピンと背筋を伸ばしてシングルスの試合を食い入るように見ていた。学ぶところのない試合なのによく見れるな。あ、先輩のデータでもとっているのかな。ご苦労なことだと柳から視線を反らすと柳とは逆方向に座っていた真田が眉を潜めているのが分かった。

「………この試合、負けるな」

そういえばこの試合をしている先輩ってこないだ俺に注意した先輩だ。あーあ、あんな無様な姿見せて、全国大会用でレギュラーになれるかな。
なれなかった場合やっぱり実力的に申し分ない一年生から出るのだろうか。俺的にはダブルスチームの中でも一番常識的な柳生がいいんだけど。それでシングルス3、ダブルス2、シングルス2、を制して一年生だけで全国大会優勝とか格好いいよな。

「そうだね」


点数的にもう取り戻せないぐらいのところに来ている。青学対四天王寺戦の不二君じゃない限り取り返しなんて不可能だろう。


………そういえば青学と言えば、次、氷帝と当たるな。つくづく氷帝と当たるところだけど、今回は流石に負けるだろうなあ。手塚も大石も河村もいない青学じゃあ今の氷帝に勝てないだろうし。それに青学の先輩達って手塚に傷負わせた奴とかいて折りやい悪そうだ。手塚達が二年生のとき跡部にこてんぱにされた部長もいるようだしね。


「あーあ、俺だったらあんな球打たせないのに、ゲームメイクできないのかな」

「む、幸村。先輩にその言い方は失礼だぞ」

「しかし弦一郎、あの先輩が役不足の確率79.6%。あれでは本当に勝つ気があるのかと疑ってしまう」

「そうそう、蓮二の言う通り。あれで全国大会にも出られたら勝てる試合も勝てないよ。柳生にレギュラー変わって貰えないかな、あの先輩」

「流石に無理だと思うぞ精市。それにこれ以上先輩達を怒らせないほうがいい、ただでさえ俺達一年生が三人もレギュラーの座をとっているのだ、四人ともなれば不平不満が影で溢れんばかりに言われるぞ」

「その割りには下手な試合をやっても怒らないんだよね、全くたるんどる!」

「……まあ確かに、俺達一年生が気に食わないのか分からないがいつも俺達の試合ばかりヤジが飛んでくるからな」

「中学一年生のときは自分のベンチからそんな声なかった筈なんだけどね」


ぼやきながら、まあそれでも勝てるんだけどと嘲笑する。
チームプレーなんて俺達が高三になるまで無理だろうなー。先輩達は弱いから。



「言っても栓無きことだな。それより弦一郎、精市、次の決勝で当たることになる氷帝について話をしたいんだが」

「先輩達呼ばなくていいの?」

「どうせ聞いてはくれない」

俯きながらいう柳に少しだけ胸を痛める。地区、関東と彼は中学校のように相手側のデータを先輩達に提供し続けていたのだが、先輩達はどうもそれが気に入らないらしく、突っ返していた。柳のデータによってどれくらい勝率が上がるか分からないのだろう。恋愛ごとでもないのに嫉妬に目が眩んで馬鹿みたいだ。


「―――跡部がシングルス2で出てくるだろうと思うのだがどうだろうか」


柳の声を流しながら、試合をチラリと一瞥する。丁度相手のサーブがエースで決まった。

こんな雑な試合運びじゃあ彼女に見せられないな。今日もよっていく家の中で本を読んでいる彼女に、出る切っ掛けを与える試合を見せてあげたい。

小さな願望を胸に秘めながら、負けた先輩を見た。ジロリと睨まれていることが分かる。対戦相手を睨まないだなんでおかと違いだっていうのに。射す視線から目を反らす。チッと舌打ちが聞こえたような気がした。





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