幸村精市



―――幸村精市は哀川友に全国大会見にきてくれないかと頼み、そしてそれを哀川友は了解した。
幸村精市は全国大会で哀川友に告白するつもりだ。

嫉妬に我を忘れた俺があの日安易にも流してしまった噂。俺の悪意のつまった言葉。


「……何故あんな噂を流した。じゃなければ哀川はイジメなくてすんだかもしれないのに」


やっぱり参謀は知っていた。俺が発端だと分かっていた。ベリベリと神の子というお面を引き剥がされていくような気がする。脱げた仮面から俺の醜い感情が溢れだしてきた。何もかも虚しく、俺はその言葉を吐き捨てる。ドロリとした醜い感情が吐露され、あたりに充満した。


「友が俺以外の男一緒に居たから」


蓮二の眉根がひっそりと動いた。不快感を内に押し留めようとしているらしい。懸命な判断だよ、蓮二。お前までもが俺に心中を吐露していたら俺はどうなっているか分かりはしない。


「仁王なんかと楽しそうに喋っているから」


マクベスとあいつのことをいとおしそうに呼ぶから。友これはお仕置きなんだよ。そう、お仕置きのつもりだったんだ。キミが俺以外を見ようとするから。俺以外と関わろうとするから。俺の見えないところで動こうとするから。キミが俺に何も言わないから。だから、だから。
俺は不安なんだ、いつキミに捨てられるかわからないから、とっても不安なんだ。いつでもキミは俺を置いてきぼりに出来るから、怖いんだ。

キミをもっと一人にさせなきゃいけない。お仕置きをして、もっともっと独りにしなきゃいけない。一人にさせたら俺以外すがる相手がいないでしょう?
守る相手がいないでしょう?
俺だけを見てくれるよね?

キミは俺の大切な幼なじみで俺がこの世界で最も愛する好きな人。だから、繋がないといけない。
同情、友人情、親愛どんなものを使っても。キミと俺は唯一無二の存在じゃなきゃいけない。

その唯一無二に仁王はいらない。

俺にはキミとテニスしかない、それならばキミもテニスと俺だけにするべきだ。

そして俺の願いは叶った。俺には予想もつかない事態になっていたけれど、哀川友は一人になった。独りぼっちになった。悪いとは思っているよ、罪悪感はある。でもさ俺は後悔はしていない。


「こんな理由だって言ったら友怒るかな」


何時もとは違って俺を怒ってくれるかな。お母さんとお父さんとは違って彼女だったら怒ってくれる筈だ。でもそれでも最後には仕方がないって許してくれるだろう。学校に帰って来たら謝ろう。それまでは


「精市っ!!」

柳が俺の服を強引に掴んでいた。上品な柳が珍しい、そう思いながら目を合わせたら、柳の目はこれでもかというほど見開かれていて、俺を咎めようとでもしているみたいだ。


「……いつまでそんな夢のような事を言っているんだっ、お前は何故やったことの重さを理解できない!」

何を言っているんだよ蓮二。俺だって分かっているんだって、あれだろ? 友はつまり俺のせいで学校に来れなくなったんだろ? だったら俺が学校に戻るように促すのはあたりまでやるのが普通だよな。分かっているよ。勿論だともさ。


「分かっているつもりだよ、蓮二」

「…………ならばなぜ気付かない。何故哀川友ばかりを気にする。お前のせいでなんだぞ精市っ、雪羅愛鶴が不登校になったのはっ!」


地を這うような声だった。俺がしらない柳蓮二は俺を睨む。鳶色の綺麗な目。何度も見たことがあるその目を初めて見たようなそんな気がした。

――雪羅愛鶴か。
そういえばマネージャーの一人だったっけ。
基本的にテニス部のマネージャーはテニス部の部員の彼女や姉妹、といった身内が担当することになっている。そういう風なのが一致団結しやすいというのもあるけど、そういった身内を巻き込むことで日常的にテニスというものを刷り込ませようとしている面が一番だろう。何をやるにもまず周りから。柳らしい手。やってみたらみんな結構嬉しそうで――特に彼女が出来たばかりの一年生なんかは良いところをみせようと何時も以上の奮起を見せて、俺としてもこれから先を見据えてやっていきたいと思っていた行事の一つ。その行事の一つの一人。
友の後ろで守られている俺以外の存在。
確か丸井の彼女だっけ?
マネージャーしているときもいつも俯いていてまんまり記憶ないけど、丸井に話しかけられるとパアッて明るくなるのは懐中電灯みたいで、友の友達だっていうのに上がり下がりが激しいなって思った



「不登校って」

「分かるだろう、哀川友にイジメラレテいたんだぞ。学校に来たくもなくなるだろう、友達にイジメラレテいたんだ」

「は、はは」


なんで被害者も加害者も二人して不登校になっているんだ。なんかおかしいと思わないのかい、蓮二。
それに俺はまだ分かっていないことが一杯あるんだ。
本当に友が犯人かも分からないっていうのに……。


「どうするつもりだ」

「どうするもないよ、蓮二。俺は悪いとは思っているけどでも誰にでも思うわけじゃない。友に噂を流されたと勘違いされた雪羅さんが悪いんじゃないのかな、イジメラレテた雪羅さんが、悪い」


そんなわけじゃないって分かってはいる。俺が悪いって分かっている。でも俺は雪羅さんに悪いとは思っていない。悪いとは思えない。


「っ責任を押し付けるつもりか」

「まさか、違うよ。でも見ようによってはそうかもね。柳、お前は俺は事態を分かっていないというけれど、俺だって理解しているつもりだよ。学校に哀川友来ない、どこを探してもいない、彼女は家に閉じこもっている。彼女が家にずっといる。――そんな彼女の友人が彼女と同じように学校に来ない、それの何がおかしいんだい?彼女の友達だったらそれくらいするべきだよ」

「精市、本気で言っているのか?!」


信じられないと柳が目を開く。


「冷静になれ、状況を判断しろっ、精市お前はテニス部の一員なんだぞっ分かっているのか?!雪羅愛鶴は身内で、哀川友は部外者だ、どちらを守るべきなのか思い出せ」


雪羅愛鶴は身内で、哀川友は部外者で、でもだからなんだって言うんだい


「俺は部長じゃない。俺は今テニス部レギュラー幸村精市なだけだ。守るべきはテニス部じゃない、立海テニス部は今期部長が守ってくれているだろう、俺がわざわざ守る必要はないっ」


今守るべきなのは友だよ。彼女こそ守るべきなんだ。銀色に輝く光に手首を縛られていた彼女を思い出して胸が苦しくなった。俺にはまだ分からないことが沢山ある。分からないことしかむしろない。


「っ幸村、今日は頭を冷やし明日話そう。このままでは理性的な会話など出来そうにない」


そういって柳は足早に俺から遠ざかっていく、俺はそんな柳を見届けた後バックを握って彼女の家へと歩き出した。
彼女には俺だけなんだ。
俺が必ず味方にならなくちゃ。雪羅さんを友がイジメテイタとしてもそんなの関係ない。俺は哀川友の味方であるべきなんだ。
胸がズキリと痛んだ。






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