忍足さんと滝さんがやってきて喋って行ったのがほんの少し前のことのように思える。
それぐらい私に変化はなく、内心焦っていた。
もしかしてこのまま閉じ込められたなんじゃないか。
そう思うと、体内中の水分が全て汗となって流れていきそうだった。からからに乾いて今にも干からびてしまいそうになる。
ジャラジャラと、動くたびに歪に音を立てる手錠が手首と擦れて痛い。
耳に入ってくる不愉快な音をシャットアウトしようとして、かすかに聞こえてきた足音に心臓が高鳴った。
ガツガツとどこか荒っぽい足音。
ぎいと扉を開ける音がして、入ってきたなり日吉さんは怜悧な声を上げた。
「何を考えているんです? 鳳が犯人なわけないでしょう?」
丁寧な言葉にも関わらず、声はとげとげしい。
「いきなりどうしたんですか」
宥めるように言葉を絞り出すと、鋭い目付きが突き刺さる。
しかしすぐに毒気を抜かれた様に深呼吸すると、落ち着いたようだった。
「……鳳がなんで犯人だと? 痴呆ですか? まだ早いですよ」
「日吉さん、何気に酷いです……」
「で? 鳳が犯人だという確固たる証拠はなんですか? 何かあるんですよね?」
こちらを見つめる目付きは射抜く様で、一切の嘘を許すつもりもないようだった。
私は手を挙げて首を振る。
「ないですよ」
「…………は?」
理由があると思ったのだろう、日吉さんは目を見開く。
戸惑った様に眉根が寄った。
「鳳さんが犯人だという証拠は、ありません」
「からかっているんですか」
「からかってませんよ。むしろ真面目です」
「真面目にからかっているんですね」
混乱しているのか意味が分からないことをいう日吉さん。
「からかってませんってば。……実はですね……。ごめんなさい! 日吉さん、あなたをはめさせてもらいました!」
「はめた……? 俺を、ですか?……貴女が?」
「正確には私と鳳さんが、ですけどね。ごめんなさい、騙す、みたいになってしまって」
「騙す……? はあ?」
理解が出来ないと首を横に振られる。
「どうして俺を騙すこと? 説明して下さい」
「分かりました。もともと隠すつもりはありませんでしたし」
「…………」
「鳳さんと話していたことは狂言だったんです」
「狂言……?」
「はい。犯人……真犯人をおびき出す為の、狂言」
「真犯人」
しかめっ面で、日吉さんが呟く。
「それが俺だと?」
「それを解いたのは鳳さんですけどね」
苦笑を混じらせながら暴露する。
日吉さんはなるほどといった様子で頷いた。
「確かに、あなたは推理なんて出来ない人ですからね。鳳が解き明かしたとすれば、納得はできる」
酷い言われようだが、その通りだ。
私はやっぱり他人を疑うことなんて出来なかった。
うんうんと悩んで、ろくに謎解きなど出来なかった。
そんな時に鳳さんが来てくれたのだ。
「それで、どうして俺が犯人だと? 理由をお聞かせ願えますか」
「はい。自分が行っていない推理をするのはなんだか気恥ずかしいですが」
ごほんと咳払いをして、私は説明の為に口を開く。
「まず、前提として謎解きを手伝ってくれた鳳さんの証言を真実だと考えています。なので、忍足さんは犯人ではありません。勿論鳳さんも犯人ではないので、これで残りは滝さんと日吉さんです」

そこで二人の証言を思い出してみる。
「犯人は忍足じゃないかな?取り敢えず日吉は犯人じゃないけどね」といった滝さん。
「俺が犯人です。だから、滝さんは嘘をついている」といった日吉さん。
二人の証言は矛盾している。
どっちかが嘘をついていない限り、筋が通らない。
ではどちらが嘘をついているのか。
「考えれば分かります。なぜならば、忍足さんは犯人ではないから。そうなると滝さんの証言は嘘ということになる。つまり、日吉さんは犯人ということになります」
自分の推理ではないのに滔々と喋るのには羞恥を伴った。
しかもこの推理は、私が鳳さんに丸投げしてから五分も経たずに理路整然と語られたものだ。
自分の不甲斐なさと頭の悪さにうんざりしてしまった。
「鳳が嘘をついている可能性は考えなかったんですか? 騙して、俺を犯人に仕立てあげようとしていると」
「思いましたが、関係ありません。私は鳳さんを信じると決めたので」
日吉さんは、苦笑するように唇を釣り上げた。
「信じる、ですか。貴い言葉だ。ねえ、俺がもし謎解きを手伝ったら、信じてくれていました?」
「…………はい。信じていたと思います」
「素直な人だ」
信じるという言葉を簡単に使った私を日吉さんは嘲笑する。
こんなことを言ってしまえばあれかもしれないが、私はきっと答えを出してくれた人がいればその人を盲信的に信用していただろう。
だって、自分で判断を下すのは難しい。
それが間違っていたとき、責任を取りたくないから。
だから、縋ってしまう。
占いなんかと同じで、そのせいにしてしまいたいから。
鳳さんはそんな無責任な私に、じゃあ間違えたら俺のせいにして下さいって朗らかに笑っていたけど。
本当にいい人と出会えた。鳳さんには感謝しかない。
「人間は考える葦だといったのは誰でしたっけ? まったく、格言とは理想論過ぎて信用なりませんよね」
「そう、ですね」
「それで? 犯人が分かった貴女達はあんな下手な芝居をうったわけだ」
「はい」
「なんの為に? 俺に直接言えば良かったのでは?」
「直接いう度胸がなかったんです。だから、鳳さんに頼んで流れを作ってもらったんです」
日吉さんは、鳳さんが犯人ではないと知っていたら、違うと言いにきてくれるのではないかと思ったのだ。
だって、犯人だって素直に言ってくれていた人だから。
「せこい人ですね」
「言い返せません……」
「鳳も鳳だ。こんな愚策に乗らなくても」
「いや、その、これは保険的な意味合いもあったんです」
「保険?」
「はい。もし犯人が日吉さんじゃなかった時のための保険です。もし日吉さんが犯人じゃなかったら、鳳さんが犯人だってきいた二人のどちらかが反応を示すんじゃないかって」
「…………」
日吉さんは唇が乾いたのか、舌で舐める。
「…………鳳のやつにはめられた、か」
「はめられた?」
鳳さんにどうはめられたって言うんだろう。
「貴女が芝居やっていた頃が俺がいつも来る時間帯なんですよ。鳳はわざとその時間に合わせたんだ。俺に、貴女が犯人を誤認したと思わせるように」
ため息を一つこぼして、堂々と日吉さんが口を開く。
「犯人は俺です。謎解きお疲れ様でした」
「はい」
「鳳が解いたといえども答えを出したことに変わりありません。貴女は解放されますよ」
「……! やったあ! 本当ですね!」
「嘘をつく通りがありません。でも、あの、少し時間よろしいですか?」
「え? えっと、はやくここから解放して欲しいなあ、なんて」
「鍵は跡部さんしか持っていません。ここから出るには少し時間がかかります」
「えっ」
顔面が強張る。すぐに解放されないのも困るが、それよりも跡部に会わなくちゃいけないのか。
きちんとここから出してくれるのだろうか。
あのギラギラとした薄暗い目を思い出してゴクリとツバを飲み込んでしまう。
すると、日吉さんが俺も同伴しましょうかと尋ねてくる。
それは願ったり叶ったりだ。一二もなく頷いた。
「この時間帯は跡部さんも忙しいですからね」
「あの、今何時かきいてもいいですか?」
「朝の七時前です」
「はやい……」
もしかして日吉さんは毎日こんな時間に来ていたのだろうか。じゃあそれに合わせた芝居をやったとき打ち合わせ含め一体何時だったんだろう。時間感覚のズレが酷すぎて頭がぐらりとした。朝も昼も夜も分からないここでよく生活出来ていたものだ。
「あの。俺が貴女をここに閉じ込めた理由、きいてくれませんか」
「……っ。はい、ききたいです」
「少し、長くなると思いますが」
「お願いします」
「分かりました」










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