跡部と一緒にいたら破滅する。
私はそう思う。

だから、私はここから出なくちゃいけないんだ。


鳳さんは、穏やかに笑いかけてきた。食事を食べさせてくれて、歯磨きまでしてもらった。
悪いなと思っているけれど、今日はそれどころじゃない。
顔を近付けて話されることはいつものことだけど、こんなにドキドキすることはなかったはずだ。
ゴクリと唾を飲み込む。嚥下した唾液が生々しかった。

「お、鳳さん」
「なんですか? あ、なにかして欲しいことでもありました?」
「いえ、その……。犯人が分かったんです」
「犯人?」
鳳さんが素っ頓狂な声を上げる。
騙される余裕はもうない。ぐっと唇を噛みしめる。
「おめでとうございます! それで、いつここから出られるんですか? あー、ちょっと残念ですけど、学校でも会えますよね? 会ってくれますよね?!」
「鳳さん」
「はい!」
なぜ、こんなに無邪気に笑うことが出来るのか。私は彼の一つ一つに空恐ろしいものを感じた。
だって、犯人は。

「鳳さん、あなたですね」
指が震える。
鳳さんが、驚きと戸惑いを混ぜた表情をしながらこちらを見据えた。
「え、え? え? 俺が、なんですか?」
「あ、あなたが犯人ですね」
声が震えた。それでもしっかりと鳳さんの瞳を見つめて言う。
「俺が、犯人? 何言っているんですか? そんな……、冗談ですよね?」
「冗談じゃないです。こんな質の悪い冗談なんか言いません」
「冗談じゃないなら、誤解です。俺は何も……。貴女に危害を加えることは何も」
「ええ、鳳さんは私に危害を加える気はなかったんですよね。それどころか、救ってくれた」
「…………なんの話しをしているんですか?」
とぼけているのだろうか。きっとそうなのだろう。鳳さんは優しいけれど監禁は立派な犯罪だから、容易に認めたくないはずだ。それに。
「跡部に真っ向から楯突くことが怖かったんですよね。跡部は金持ちですから、揉み潰される可能性がある。だから下手に通報も出来ない。それに跡部は先輩だから、警察に頼むのも気が咎めたんですよね?」
「え? 跡部部長? 通報? どういうことなんですか?」
「鳳さんが一番良く分かっているはずですよね? だから、跡部にあんな取引を持ち込んだんですよね? 私が犯人を当てられたら、って。跡部を犯人に指定しなかったのは、どうしてこうなったか、事情を話すためじゃないんですか? 私に話そうと思ったから、そうですよね」
「な、なんのことだか……」
戸惑いを出した声色に確信を感じる。
「隠さなくていいです。鳳さんを恨むつもり微塵もありません」
「本当になんのことだか分からないんです。大体、なんで俺のことが犯人だと思ったんですか?」
「私を知っていたから、です」
「えーっと? どういうことですか?」
「考えてみたんです。なぜ跡部が攫っている時に助けたのか。確かに跡部が攫っているのを見て止めなければと思ったとは思うんです。でも、それだけじゃ弱いって思って」
「…………」
何も喋らない鳳さん。それをいいことに私は続ける。
「ピアノを弾いている私を見たことがあると鳳さんは言ってくれました。それで、私のことを知ってくれて、跡部に攫われそうになったのを助けてくれたんじゃないかと思ったんです。私と跡部は普通に考えて関わりがなさそうですからね。跡部に攫われている私は違和感があったはずです」
「…………それが証拠、ですか?」
物的証拠とは勿論言えない。でも、跡部を除いて、テニス部の人達の中で私のことを知っていたのは鳳さんだけだ。わざわざ他人の為に助けて、それを説明しようとするだろうか。
…………うん。この仮説で多分あっている。だって、記憶を辿れなんて言われても私なんかが覚えているわけないし。

「あまり証拠のように思えないんですが……」
「で、でも、鳳さんしか当てはまらないんですよ!」
「根本から間違っていませんか? 普通、人が攫われているのを見たら是が非でも助けますよ。たとえ他人でも、です」
「うっ」
そう言われてしまえば返す言葉もない。
分からない。わかんないよ。
だって私、普通の女子だもん。謎解きなんて出来ないよ……。
誰が犯人だとか当てられるわけないじゃん。そんなの探偵とか警察がやる仕事でしょう?
なんで私が。
警察さえきてくれれば。
そうだよ、警察さえきてくれればいいんだ。
鍵なんていらない。警察だったらこの手錠をきれるような機材があるはずだ。
今まではいつか来てくれるだろうって思って保留にしていたけれど、こないだ跡部が言った通り多分通報されてないんだ。でも、だったら通報しちゃえばいい。
通報しちゃえばこんなところから抜け出せる!
「は、犯人じゃないって言うなら、警察に連絡して下さい!」
言葉を出した私は浮かれていた。
警察という組織のことをすっかり失念していた自分が歯がゆい。
でも、鳳さんさえ連絡してくれれば、あとはこっちのもんだ。
もうわけがわからない犯人当てに頭を悩ませる必要もなくなる。
気分はルンルン。
でも、言葉をきいた鳳さんは表情を険しくした。
「鳳さん? どうしました? あ、犯人だと疑ったことは謝りますから! だから私を助けて下さい!」
反応が返ってこない。それどころか、まるで人形のように白く、無機質になっていく。
「鳳さん……?」
名前を呼ぶと、鳳さんはゆっくりと歩いてきて、そして唇がくっつきそうになるぐらい体を寄せた。
「それはできません」
「なんでですか?!」
きっぱりと断られた。納得がいかない。
「まさか、警察に通報したら一安心とでも思っているんですか? 相手は貴女の家の人まで取り込んでしまうような人ですよ? ここを出て家に帰ったら最後、もう学校にも通えなくなるかもしれません」
「…………っ」
ああ、そうだ。跡部は、家にまで入り込んでいたんだった。
希望と思っていたものが絶望に変わる。どうして私はそんなことも忘れて浮かれていたんだろう。
「そうじゃなくても跡部さんがそんな結末を認めるとでも? 通報したことを握り潰されるか、あるいは一度解放して二回目の監禁を強要されるかもしれません」
「う、あっ……」
甘い考えが木っ端微塵に散っていく。
キラキラと散った破片が胸をついて痛い。
「跡部さんは貴女を公園で攫ってしまうほどの財力を持っているんです。貴女ならこの意味わかりますよ?」
「逃げ場はない……」
どこに逃げたって追いつかれて、連れていかれる。
「そういうことです」
じゃあどうすればいいんだ。目を閉じて耳を塞ごうとした時、鳳さんの言葉が突っかかった。
ーーーーえ?
公園で攫ってしまうほどの……?
「どうして、公園で攫われたって知っているんですか?」
「…………?」
「鳳さん、なんで私が攫われた場所が公園だなんて知っているんですか?」
「…………っ!」
鳳さんは明らかに動揺した。
うっかり漏らしてしまった発言なんだろう。取り繕うのに時間がかかっていた。
「……何を、言っているんですか。貴女が俺に教えてくれたんじゃないですか」
「鳳さんとは音楽の話しをしか話していませんよね?」
「…………」
「もう一度訊きます。どうして私が攫われた場所を知っているんですか?」
「………………」
鳳さんは今まで浮かべていた人形のような白く無機質な顔をやめて、天使のようににっこりと微笑んだ。
その笑顔に私は確信する。
犯人はやっぱり鳳さんだったんだ。
私の推理はなんの証拠もなかったけれど、さっきの発言で、その証拠が上がった。
「それは、真犯人は鳳さんだから、ですか?」
「…………」
鳳さんは笑ったまま何も言わない。
ただ、笑みを浮かべているだけだ。
「なぜ隠したんですか? 私は別に攻めようなんて考えてなかったんですよ? それどころか、跡部から私を救ってくれた恩人のように思っていて……!」
やっぱり鳳さんは笑みを浮かべたまま何も言わない。
こちらの声が聞こえていないのではないかと不安になるほどだ。
「鳳さん! 答えて下さい!」
声を張り上げる。
しかし、鳳さんが張り上げた声に反応することはない。それどころか、独白のようにポツリと呟いただけだった。
「貴女はおかしくなったんだ大人しくしておけば治りますよ」
くるりと踵を返す鳳さん。
まるではぐらかすような零れた言葉。
どうしてそこまで認めないの?!
背中に何回も叫び掛ける。
それでも鳳さんが振り返ることはない。
扉を開ける瞬間、鳳さんが一瞥する。
どこか狂気的な視線に身体がビクついた。
「また来ます」
その言葉を最後に鳳さんは扉の向こうへ消えていった。
顔に手を当てて、薄汚れた壁に寄りかかる。
これからどうしたらいいんだろう。
「取り敢えず、鳳さんが犯人だってみんなに言って……、そうして」
どうするんだろう。
……こんなことで本当に大丈夫だろうか。
不安で、いっぱいになる胸を抑えて眠りについた。










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