跡部

変わることは簡単で、変わらないことは難しい。なぜならば不変はありえねえからだ。体つきが変わらない奴がいるか? 精神的に成長しない奴がいるか? いねえな。そう、人間は変わんだ。どうやっても、どうあがいたっても。変わらないことは誰にも出来ねえ。俺様だって。テメェだって。幼少期の関係は修繕するどころか壊れ果て、帰国して氷帝学園で再会した時は会話もしなかっただろ。全ては変わっていく。仏教の考え方で諸行無常ってのがある。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。平家物語の有名な一説でもあるように、刹那のうちに人は何度も変わっている。それだけ人間は移ろい易く、変わりやすい。結局、全ては変わるんだよ。

「じゃあ、なんで跡部は」
「景吾だっつってんだろ。いい加減学習しろ」
「…………痛い」
「頬たたいただけだろ」
「暴力男」
「もう一発いるか?」
「…………」
「賢い女は嫌いじゃねえ」
「……回答を貰ってない」
「質問の内容を最後まで言ってねえだろが」
「私をここに閉じ込めたの?」
「……はっ」
「笑い事じゃない!」
「笑い事だろ。どこが違うだよ」
「違うの? 跡部じゃない、の?」
「いいや、俺様だ。だいたいテメェみたいな不細工、他に誰が執着すんだよ」
「……出して」
「なぜだ?」
「こんなの間違ってる。おかしいよ」
「感情論に付き合う気はねえ。間違っているなら、何が間違ってんのか言ってみろよ」
「監禁は犯罪だよ」
「監禁ねえ」
「それに、誘拐だって」
「誘拐だあ? テメェもここに閉じ込められてお頭が緩んだんじゃねえか」
「どういう意味?」
「ここは氷帝学園に近い。こんなところにテメェが居たら流石の警察だって見つけてんだよ」
「じゃあなんで警察は来ないの」
「捜索願いが出てねえから」
「……っ!? どういうこと?!」
「テメェの家族はテメェが居なくなったとは思ってねえんだよ」
「……どうして?」
「いないのに居なくなったとは思われてねえ。簡単だろ、中学三年生、十六歳」
「わかんないんだってば……!」
「察しがわりいな。十六っていえばなんだ?」
「…………十六?」
「法律、男女、家、家族、いなくなってもいない、お前の母親は喜んでいた」
「け、っこん?」
「正解」

恋人でもない? 婚約者でもない? だから? 結婚できる年齢だっつうのは変らねえだろ。結婚に愛は関係ねえだろ。ああ、この場合テメェのだが。
つってもこの俺様に貰われるんだ。有難く思いな。テメェみたいなブスは売れ残り確定だったんだ。それを誰よりも早く貰ってやろうっていうんだから感謝されるべきだろ?
…………。フン。俺様が十八でしか結婚できないことを失念していたとでも言うのかよ。舐めんじゃねえ。ただ、俺様ができない二年にテメェが結婚しないとは限らねえだろ? 日本に重婚の制度はねえ。離婚させたとして待ち時間ができちまうだろ。それならいっそあと二年、こっちが保護していたほうが安心で安全だ。

「お母さんは同意したの」
「ああ、喜んでたっていったろ」
「…………」
「中学卒業ぐらいは取りたいよな。中学中退だなんて俺様の妻として相応しくねえ」
「…………」
「つっても高校は行かせねえぜ? テメェがブスでも遊んでやろと思う男がいるかもしれねえだろ?」
「…………」
「通信教育って便利な制度がある。それを使え」
「…………」
「俺様が十八になったら結婚式だ。内々の結婚式にしような。俺様の妻という肩書を持ったお前に興味を奴が出ないように」
「…………」
「家はセキュリティが万全なところがいいだろ? 誰も家には呼ばねえよ。俺とお前だけが入れる家にしようぜ」
「…………」
「勿論、お前の両親とは住めねえが、あちらには豪華な家をプレゼントしてやるよ。俺のお母さんとお父さんになる人だ。悪いようにはしねえよ」
「…………」
「ペットもなしだ」
「…………ねえ。何を言ってるの?」
「未来についてだろ、聞いてなかったのか」
「聞いてた! でも、意味が分からない! だって、私と跡部は結婚なんかしない! 私は跡部となんかと結婚なんかしない!」
「テメェ……!」
「出してよ! ここから出してよ! 薄気味悪い妄想なんか聞きたくない! 家に帰るの。そして普通に学校に通うんだ! 好きな人作って、その人と結婚する! 跡部なんかとは結婚しない!」
「…………」

何言ってんだよ。テメェのために俺様がどれだけ心砕いてきたと思ってんだ。どれだけテメェに捧げてきたと思ってんだ。テメェが俺に嫉妬してたことも知ってたんだぜ? それでも、俺は好きだった。テメェが友達として好きだった。だから、転校しなくちゃいけないと思ったら寂しかったし悲しかった、イギリスに行くっていったらテメェ悲しんでくれるって思った。だから、言ったんだ。それなのに、テメェは人の家の物を壊して回りやがった。俺が、テメェとの思い出に大切に持っていこうと思っていたもん全部。全部だぜ? 覚えてるか? 俺の前で。関係を断ち切ろうと、俺との全てを壊して回りやがった。その時確信した。テメェは俺のこと恨んでたんだ。嫉妬で焼き殺さんばかりだったんだ。そして俺の心を砕くためにわざと壊して回りやがったんだろ。俺がテメェのこと好きなのを分かっていて、気持ちを利用して、壊して意趣返ししたかったんだろ。
俺だって直そうと努力した、でも潰された折り紙は元には戻らねえし、破かれた絵も作文も歪に引っ付けるしかなかった。書いた物語はノートごと川に流れて行ってどこにもなかった。テメェと作った思い出は消して消して消された。紛れもねえ、テメェ自身にだ。
別れるべきだった? その時、別れてしまえばよかった? ……ハッ。そうかよ、テメェにとって俺はその程度の奴だったんだな。いや分かっていたさ。テメェにとって俺がどんな存在だったのか、分かんねえわけじゃねえ。だけど、小さな俺にそんなことを選択できると思うか? 好きな奴に嫌われたら好きになってもらおうとするのは悪いことか? どんなにテメェが嫌おうが好きになってほしかったんだよ。だから、ほら遊んだだろ? 確かに消えない思い出を、どんなにテメェが壊したくても壊せない思い出を作っただろ? 人間を壊しただろ? 壊した人間は壊せねえだろ?

「そんな考え狂ってる……」
「狂わせたのはテメェだろうが」
「そんな、そんなつもりじゃ……」
「壊したのはテメェだろ、言い訳してんじゃねえ!」





***

息ができない。苦しい。首が火をつけたように熱い。ギリギリ。音が鳴る。それが肌と肌の接触による摩擦音だと気が付く。目の先に金色の髪が垂れる。綺麗だなあ。呼吸がなくなると人は案外楽になるものなのかもしれない。どんどん視界がぼやけていく。
「俺だっていやだ。こんな感情嫌だ。どうしてテメェなんだよ。もっと可愛くて賢い女がごまんといるだろ。でも、テメェじゃねえとダメなんだ。テメェじゃないとダメなんだ。どうしてだ。俺に何したんだよ。俺になにしやがったんだよ。朝も昼も夜もテメェのことばっかり。何をしているのかずっと気になって知らねえといつも不安になる。家に盗聴器が仕組まれてたの、知ってたか。鞄にも。服にも。GPS機能をつけていつもお前の場所を確認していた。なあ、なあなあ、どうしてだよ。どうして俺はこんな感情を向けちまうんだ? 友達だったはずだろ。そうだよな? 俺たちは友達だった。どんなに邪推されようが、あの時の関係は友達以上でも友達以下でもなかった。なのにどうして俺は……!」

さらに力が込められる。もう死んじゃうかなあ。自分を壊す。自分で自分を。それを跡部がどうやってするのか考えていたけれど、そっか。私は跡部に壊されるのか。力がなくなってきた。もう、出ることさえどうでもいい。でも、出たい。相反する気持ちが自分の意識を保つ細い線になる。

「もう耐えられねえ。テメェが俺の下にいないと不安でどうにかなっちまう。さっき言ったことは全部建前だ。俺はもう我慢出来ねえんだよ。もう閉じ込めるしかない」

どうしてそうなったんだろう。そう思考が飛躍してしまうのはなぜなんだろう。
考えたって無駄か。だって、跡部はどうせ私のことを解放しない。閉じ込めたままだ。だって彼をここまで変えてしまったのは私なんだから。どうやって変えてしまったのか、私自身は覚えてないけれど、きっとそれは私が跡部に会って変わったように、変わったのだろうと思う。人は誰かにあった時にどこか変わってしまう。そのブレ幅が広くなったのが跡部なんではないだろうか。

「だから俺と結婚しろ。幸せにはしねえ。愛さなくてもいい。不自由はさせねえよ。でも、この後の人生あきらめろ」

嫌だ。
それは嫌だ。私は、言いたい。でも、喉が押さえつけられていて碌に声は出ない。
こうすることが狙いだったのではないか。一方的な告白がしたかったから、私の意見を聞きたくなかったから喉を絞めたのではないか。そうだとしたらなんて身勝手なんだろう。
睨みつけても、跡部は私を見ていなかった。彼はどこも見ていなかった。ただ、どこかぼんやりと目を開いているだけ。意識のない人形のように焦点があっていなかった。

「ーーーーーー」

ブツブツと聞き取れない早さで何事かを喋る跡部。
何を言っているんだろう。そう疑問に思った時、跡部の手を動きも俊敏に見えた。
あれ、まるでこっちが遅れているみたい。
げほげほと咳き込む自分が遠くに聞こえてきた。








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