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「千歳くんのことが大好きです。」
彼女に初めて会ったとき感じた感情はその昔、俺が関東の大会をフラリと見に行った時に感じた感覚と似ていた。『おそろしい。』焦燥感や苦痛、それをも越えるまがまがしさ、立海のレギュラーの試合を見たあのときのような絶対的ななにかが彼女にはまとわりついていた。幸か不幸か、彼女は俺達の力強いマネージャーになったが俺はマネージャー、彼女を心の底で避け続けていた。まるで彼女が俺になにかをしたように、俺は彼女との関係を一切持たないように努力した。流石にテニス部を辞めることなんて出来なかったが、それでもそれ以外では極限、関わりを持たないよう、持たないように試行錯誤を続けてきた。
「千歳くんのことが大好きです。私は千歳くんの嫌いなタイプの女だよ。でも、告白はしたかった。あなたのことが大好きです。初めて会ったとき、あなたは私を見て『無理に笑わなくてよか。』そう言ってくれました。私はその時、あなたに気に入られ、目を掛けられたらどれだけ自分が優位にたてるか、それだけを考えていました。」
最初にあった場所は雑木林の風が気持ちがいいところ、彼女が「『さぼりは駄目だよ。』」そう、有意ぶって声をかけてきたのが始まりだった。確かに俺はそんかことを言った。彼女を根本的から否定するその言葉を投げ掛けた。彼女の笑みはそれほど作為的だったから、それほどに人為的だったからだ。心の底が見えない、どす黒い笑み。綺麗なのに汚れている、存在感のある優しいから程遠い厳しい笑み。無理に笑っていたその顔は綺麗かもしれなかったが同時に汚くもあった。だから、そんな言葉を彼女に言ったのだろう。少しだけ意地悪のつもりで、少しだけその汚れた笑みを崩してみたくて、ただの気紛れで。
「私はあなたの言葉を聞いて吃驚しながら嬉しかったのです。私のことをまるで労るような、笑顔でいつもいなくていいと、そう言われたような気がしたのです。もちろん千歳くんがそんな意図があって言ったわけではないと分かっています、でも私は、初めて嬉しかった。」
打算的じゃない偶然の励ましは私の心を動かしました。彼女はそう言った、俺にそう言った。丁寧な抑揚のないその口調はみるものによれば不気味にうつるだろう。しかし彼女によるその告白はキラキラ輝いているように見えた。まるで最後の死に際の言葉のように一つ一つが心に残る。
「私は日常的に他人を代弁しています。どんな言葉も私の言葉ではありませんでした。誰もが私の話術は素晴らしいと言います、しかしそれは私にはまやかしでしかない。だってそれは私の言葉ではないのですから。『まるでこのように、私には自らの会話文がありませんでした。』」
だから、私には感情という感覚がありませんでした。他人の言葉ばかりを用意ていたのです、当たり前だよね。彼女が笑う、首をころりと転がるように横に傾げて、円い瞳が俺を写した。確かに彼女の日常は他人の言葉を借りた、意志も意見もないものであった。避けていた俺でさえその違和感に気が付いたのだから相当なものがあったはずだった。
「だけど、いつからかあなたの事を喋るときに、あなたの名前を呼ぶ時に『』が外れていくのを感じることが出来ました。私は初めて自らの意志を持てたのです。それが嬉しかった。あなたのことで意思を持てたことが、本当に嬉しかった。」
彼女がコロリと転がしていた首を元に戻す。笑顔を浮かべた、その笑顔は作為的でも人為的にでもない、澱みない感情的な笑い。彼女の笑い、それはどこか綺麗だった。
「だから、そう、これはある意味宣誓なのかもしれない。私は千歳くんによってかわれたんだっていう告白にして宣誓、きっと千歳くんは私のことなんて好きじゃないだろうけど、」
だろうけど、そう言葉を溜める彼女にどうしてか俺は見つめてしまった。それが多分俺が彼女をちゃんとしっかりと見据えた初めての時間。ちゃんと見た彼女は女の子で力強い力を秘めていた。
「私は千歳くんのことが好きです。お友達からでいいので付き合って下さい。」
俺は。俺は彼女になにも、答えたなかった。
答えるすべがなかった。
そして、彼女は死んだのだ。誰かによって、落とされて。




「なあ、千歳。」
「なんね、謙也。」
謙也は寝転んだ俺に声を掛ける。ブリーチして不良ぽいと言われているが、授業にはちゃんと参加している謙也が授業中に抜け出すなんて珍しか。そう思い、納得する。そういえば今はマネージャーの死を黙祷してるんだったか。学校の多目的ホールで。律儀なことだ。俺はその行為が忍びなく思えて出てきてここに寝転んでいたのだったか。記憶がはっきりしていく、どうやら俺は少し眠っていたらしい、頭が覚醒していなかったようだ。謙也の気配で起きたのだったか。眠っていたことも忘れていた頭が身体を動かすのがめんどくさいといっているようだ。俺は振り返らずに謙也に続きを促した。
「なんで白石のことあんな顔で見てるん?」
「あんな顔てなんね。」
「困ったような、そんな顔。」
「………。」
謙也に言ってもいいのだろか、白石がマネージャーを殺したんじゃないかと思っていると言ってもよいのだろうか。そんなこと言えないに決まっている。謙也だって白石が疑われるのは嫌だろう。俺は言わないほうがいい、そんなこと誰にも言わないほうがいい。出しかけていた言葉を喉の中で潰した。
「白石、この頃疲れてるようやけん。」
「…そやな、無理してるんやろな。」
「ああ。」
謙也は奥歯にものが挟まっているようななんとも言い難いうやむやな喋りをした後、黙り込む。周りに静寂が包む、シーンと静まり返った世界が出来た。風の音だけがその静まり返った世界に一つの色を落としていく。無情に思えるその音はしかし少し心地よかった。謙也のまるで行き詰まったような溜め息が聞こえた、それを皮切りに謙也が大きくはない、しかしながら小さくはない声で俺に呼び掛けた。
「マネージャーの、×のことどうおもとったん?」
「どうて、なんばい?」
「そんなままの意味や、マネージャーのこと、なんて思っとた?」
「………。」
マネージャーのこと。彼女のこと、どう思っていたか。どうしてそれを、いや、それは聞かなくても分かる。マネージャーが死んだのだ、思い出に浸りたいなんて気持ち分からない筈がない。でも俺はそんないい思い出ばマネージャーとは持っとらん。灰色、モノクロ、色がない思い出。語り合う物語もない、そのぐらい俺はマネージャーとは関わりがなか。謙也だって、知っているはずだろうに、それでも語りたいのだろうか。マネージャーのことを思い出す、思えば俺が覚えている彼女はよく笑っていたように思う。最後に会ったあの告白の日もそうだったがその前もその前も、彼女は笑っていた。悲しそうな顔は見たことがない、どうしてだろうか、部活は楽しいことばかりではない、それに俺は彼女のことを避けていた、それでも彼女の記憶は笑顔ばかりだ。まるで、俺の前では笑顔でいたと言わんばかりに。まるで俺に笑顔だったと覚えてほしいと言わんばかりに。
「笑顔の張り付いとる。」
「ん?」
「笑顔の張り付いとる女やとおもとった。」
「……そっか。」
謙也の声が落胆を意味する音域に下がる。その声はどこか悲しげで、声だけでも泣きそうなのを表していた。
「でも、その笑顔は嫌いじゃなかったばい。」
「…!」
へにゃりと笑うと謙也がたじろぐのが分かった、どこか狼狽しそうな脆い感覚、後ろを振り返ろうかと迷っていると謙也が横に座った。謙也の横顔が見える。その顔は憂いを帯びていた。
「なー、千歳。」
「なんばい?」
「俺はなあ、×のこと好きやったんや。」
「そう、だろばいな。」
「やからな、千歳、質問や。×のこと好きやった?」
俺は、黙りこんだ。口が震える。唇がカサカサになって動きが固まる。好きだったか?それだけが答えられない。分からないのかもしれない。彼女のことを自分がどう思っていたのか、よく分からない。たぶんそれなのだろう。黙りこんだ俺を覗き込んだ謙也は優しい顔をして俺を嘲る。謙也の優しい顔はやがて顔を代えて責め立てる感覚に襲われた。俺はどうしたらいいのだろうか。答えることは出来ない。出来はしない。


「なあ、千歳。それで**はせえへんの?」
謙也は問い掛ける、その質問には簡単に答えられた。
「後悔などなかよ。」
彼女は死んだ。後悔などしない。




END

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