■■■
苦い記憶。それはつまりトラウマというやつのことだが、残念ながら私にもそういうものが存在する。それは中学の全国大会で私達が優勝したときに言われたある一言だ。三連覇だなんて偉業を成し遂げたのに私があの大きな体育館でいい思い出がないのはその言葉があったからだろうと思う。
「強い癖に全く楽しそうにしないだなんて、バスケに対する冒涜だ」

はっとした。そして泣きたくなった。声を出して体を屈めて小さくなって泣きたくなった。私は楽しいんでバスケをしているつもりだったのだ。それなのに、指摘をされたら本当はそうだったのだと認識してしまった。勝つのは楽しかった。でもそれはバスケを楽しんでいるとは言えなくて。キャプテンとして先頭をきって歩いていた私は後ろの藤崎(ポジションSF)に当たられながら立ち止まった。私の後ろにいた子達はみんなの顔を見る。なんというか、ひどくつまらなそうな顔をしていた。それはそうだろう決勝であたった学校との差はダブルスコアを通り越してトリプルスコア一歩手前だったのだから。
……バスケへの冒涜か。その言葉が今でも胸に突き刺さって消えない。


■■■

「紅」
「あー群青たん、どうしたの?」
「私についてこないで下さい」
「へ?」
「紅は紅花高校に行って下さい」
「な、なんで? 群青たんは立海に行くんでしょう? だったら僕もそこにいく」
「こないで下さい」
「や、やだあ」
「紅花高校に行って下さい」
「……そんなっ」
「わかりましたか。わかったら返事をして下さい。しなければ私は紅に永遠のサヨナラをしなくちゃいけなくなります」
「……なんで、僕を置いていくの。僕は群青たんのたった一人の相棒でしょう、群青たんのスティールを完璧に補助出来る存在だし、女バスの中でダンクが一番上手いのは僕だ。それなのに群青たんは僕をいらないっていうの? なんで! どうして!?」
二メートルの身長で私を見下ろしてくる紅に私はため息をついて、言い放つ。
「紅がいたらバスケが楽しくありません」

そして私は紅に手首を噛まれ、紅の八重歯によって赤い液体を出すことになった。


■■■

「何もかもが下手くそな奴がいましてね」
「ほう……」
「紅って言って身長は二メートルを越えている巨大な石像みたいなやつなんですが、どうしてかシュートもリバウンドもドリブルもパスもダメダメで。三軍落ちしていた人なんですが、基本的に彼女は平和ボケしていまして、一軍には全く上がってこようとはしませんでした」
「それ知ってるFの紅アズサでしょう?有名だもん中学二年時点で二メートルに乗ってた巨人で一人で三十二回のシュートを放った化け物」
「そんなに最初はダメダメだったのか……知らなかったな」
「そりゃあ、そこまで有名な話ではありませんからね。それに彼女の花形プレーを見たらそんなのどうとも思えなくなりますよ」
「それはそうだが」
意外だという顔を出した静ちゃんに続ける。
「それに、彼女には才能がありました。あのときはまだいかしきれていなかっただけに過ぎません」
「……確か、レギュラーになったのは夏の全国大会直前だな」
「アタシがこてんぱにされた相手だよ一回戦目からあたってダブルスコアで負けたのを今でも覚えてる」
「ダブルスコアだけましだろう。うちのところは七十点差だった。……とはいえワタシが相手をしたのは中三の地区大会のことだったがな」
決勝でボロカスにされて全国でもボロカスに倒されて、あのときはどんなに辛かったか。静ちゃんは懐かしそうに目を細めていった。
「紅アズサか、敵対していた時にはこんな壁をどすればいいのか見当もつかなかったが、味方では心強かっただろうな」
「はい、そうですね。ぶっちゃけ歩く壁が味方についたみたいでDFに関する心配は全くなかったです」
「二メートルだからな」
「でもその分足に負担がかかっちゃうのであまりダンクとかは決めて欲しくありませんでしたね。体作りもあまり熱心にはやっていない子でしたし」
「なんか意外紅ってダンクしているイメージしかないもん」
「それは誤解ですよ。ダンクは確かにしていますがダンクばかりというわけではありません。基本的にボールはSGに運んでいましたし、実際彼女がボールを持つ機会は四十分の中で三分としてありませんでした」
「みじかっ!」
「群青さんでもそういったゲームメイクにしなくてはいけなかったのか?」
「そうではないんですが、何分藤崎さんと翡翠ちゃん(ポジションSG)がボールを求めてきて、紅にはあまりボールを渡せなかったんですよね」
彼女自身あまりボールを持つということに執着はなかったようですし
「それでも彼女がエースだったので、必然的に彼女は勝負所では使っていましたけど」
それでも全国大会で彼女がダンクを決めた回数はあまりないんじゃないですかね。そう言うと、静ちゃんと安近ちゃんは顔を見合わせて、少しだけ困ったように眉根を深くした。
「どうかしました?」
「いや、ワタシ達とはやはり次元が違うなと思っただけだ」
「ぶっちゃけあんまりアタシ達じゃあ群青ちゃんの能力を発揮させてないかなって思うときはあったしでもそれでもやっぱり紅には負けたくないけどでも群青ちゃんに並ぶほどアタシは強くないし」
「……? バスケって、皆が強くなくちゃいけないスポーツなんですか?」
「へ?」
「え?」
驚く二人を見ながら私は口を動かす。
「私、実はリバウンドが苦手です。身長もないので、相手には押し負けちゃいますし、ガタイもそうよくはありませんから。そういう点では私はまったく強くありません。弱小もいいところです。紅にしたってゲームメイクが昔から苦手で戦術の名前を覚えることはありませんでした。そうなると彼女もある意味で弱いということになります」
「……そうじゃなくて」
「そういうわけじゃなくて」
「? そういうわけじゃない? ならばどういうわけですか? バスケはただ強いだけのスポーツじゃあないでしょう。バスケは相手よりもどんなに多くの得点を取れるかというのを競うゲームです。強いだけじゃあ勝てません。それに強くなくても補えばいいじゃないですか、私達はその為に五人いるんですから」
コートを走るのは私だけじゃない。私だけでは絶対に勝てない。だけど、仲間と一緒ならばどんなときだって勝てる。例えどんなに点を離されていたとしても、皆がいるから。一人じゃないから。「私、静ちゃんと安近ちゃんに助けられているんですよ? だから、自分が弱いとか、強いとかあんまり気にしないで下さい。そりゃあ強くなったら嬉しいですけど、でも私は強すぎる二人は私の手助けがいらなくなっちゃうのでいらないです」
傲慢なことを言ってるってことは理解している。でも、皆でバスケをしたいから。皆と楽しいバスケをやっていたいから。
「私を助けて、私に助けられて下さい。楽しいバスケを私と一緒にして下さい」

頭を下げる私の頭に二人のゴツゴツした手がのっかったのが分かった。



■■■


■■■
女子というのはめんどくさい。そう思ったのはうちのSF(何でも屋)がいたお陰だ。中学のときはまったく思わなかったのに、いらない感情を植え付けてもらったものである。


「いい加減にして下さい、辛子さん。何回言えば気がすむんですか、いいですか、基本的にうちの部活動では恋愛は禁止してるんです」
「知ってるってばー、もう、群青は相変わらずおこりんぼなんだからあ」
「わかってないから言っているんです。頭が痛い……」
男子禁制。恋愛禁止。うちの部活の決め事だ。女の子というのは恋愛事の為ならば部活を忘れて体重を減らしたりするからと私が作った。花も羞じらう女子高生にどれくらいきくかなと半ば諦め半分でいれた決め事だが、身長も高く、筋肉質な女子が集まっているからか、この決め事は遵守されている。たった一人、この人を除けば、だが。まあ、ぶっちゃけ一人しか破っていないことは驚きだが、作った本人として注意しないわけにはいかなかった。

「今回は誰ですか……」
「サッカーの安土君にテニスの猪木君に野球の上田君にバレーの江口君に男バスの小野田君」
「……五股ですか」
「七股」
「…………」
あと二人は? と訊くか訊かないか、迷ったが訊かなければ訊かないで問題が生じるだろうから、聞き出す。辛子さんはなんとも思わないような口調で茶道部と演劇部の人と簡潔に言った。目頭も痛くなってきた。
「君は……」
「いーじゃん、ウチは勝っているわけだし。黄緑(立海女子バスケ部のF)みたいにレンシューサボるバカじゃないよ?」
「男癖の悪さは女バスの評判を落としかねません……」
「評判が悪くても、実力主義の立海じゃあそうそう目くじらは立てられないよ」
それはそうだが、私としては評判を落としたくはない。唯でさえ設立当初から体育館三個を割り振られて、反感が強いのだ。指摘されるような部分は極力作りたくない。辛子さんはそれを分かっていながらも、知らんぷりで男遊びをしている。嫌みな人だが、それをしていてもレギュラーに残っている、実力がある選手だ。プロというのは大体にそういう気質があるからなんとも言えない。一流の野球選手で女遊びが激しい選手はごまんといるわけだし。
――手を焼かせる、憎めない選手ってところ。
おかっぱな髪形を風に揺らす辛子さんは多くの恋をしているからかきめ細かい肌をして、ぱっちりとした目をこちらに向けてくる。
「ていうか、そんないうならレギュラーから落としてくれてもいいのに。ウチは別に試合に出れなくてもいいし」
「駄目です。私は君と一緒にプレイしたいですから」
「……なにがいいんだか」
辛子さんはぱっちりとした目を逸らす。実は彼女を勧誘したのは私だったりする。高校に入学するとき顧問の先生から、君が欲しい選手は誰と訊かれた、辛子さんの名前を上げたのだ。当時は無名だった彼女を指名した私に顧問の先生は困惑の表情を浮かべていたが、私は負けることなく、自身が勧誘しにいくからと彼女にたいして逆推薦をして貰うように手続きをして貰った。その時彼女は進学先に悩んでいたようなので、逆推薦の話しは寝耳に水だったのだろう、心良くとはいい難いが入学はしてくれた。今でもそのことに感謝している。彼女はこの立海に必要な選手だからだ。
「何がいいって、君が入ることによってバランスが取れるところがいいんですよ」
「そんなの他の選手だってできる」
「出来ませんよ、過小評価し過ぎです」
「過大評価し過ぎなんだよ」
ウチは何も出来ないし。口を尖らせる辛子さんに笑ってしまう。いつも試合で助けてくれる何でも屋が何を言ってくれるんだか。コート内では君以外に優秀な選手はそういないっていうのに。
「男癖が悪くなければ完璧なのに」
「……治さないよ、ぜったい。アンタを喜ばせてなるもんか」
「ふふっ、そうですか」










「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -