バスケというスポーツは私達の誇りである。三メートルのゴールに向かって半径三十五センチぐらいのボールを投げる簡単な動作。しかしそれは難しく、そしてとても楽しい。スリーポイントとツーポイントの二つ、フリースローを入れると三つの得点の種類があり、数秒の展開で逆転を許すというのはザラにあることだ。ドライブ、パス、シュート、この動作を基本としたこのスポーツは数あるスポーツの中でも、背の高いものが得をするように出来ている。そういうのがまた面白い。私よりも背が高い人をドリブルで抜いたときの爽快感なんて、言葉で表せないほどスッキリする。

そんな私達の誇りであるバスケットボールのボールを、こともあろうか、あの屑はゴミだといって笑ったのだ。お前がゴミだと面と向かって言ってやりたかった。



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二十年に一人。それが女子バスケットボールで日本人がアメリカに向かうことが出来る数だ。とても少ない、と私は思う。バスケットボール後進国だと揶揄されてきた日本はある天才達により、世界ランク三位までに上り上げた経歴を持つ。しかし、それは男子バスケットボールのことで、残念ながら女子はいまだに世界ランク四十をいったり来たりしている。日本人だって平均身長は男女ともに伸び続けているというのに、男子だけ爆発的な実力を発揮したのは、前記したように天才達がいた為だ。
私はそれがとても納得がいかなかった。まるで女子バスケットボールには天才がいないみたいではないか、そう憤った。二十年に一人、それが女子バスケットボールの現状ならば私が変えてみせようじゃないか。私は、そんなことを夢みて中学校三年間を全てバスケに注ぎ込み。全国三連覇を達成し、そして女子バスケにとって二十年に一人の逸材と、言われるようになった。



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立海に入学したのは、入学したらバスケ優先にしてくれるという話を頂いたからだ。元々スポーツ特待生が多い立海では部活動がかなり盛んであり、優先される。夏休みの全てを部活につぎ込む三年間になるがそれでもいいかと言われたが、そんなの中学では当たり前だった為、直ぐに返答した。そして、私は立海バスケットボール部キャプテンとして立海初めての女子バスケットボールを始動させた。

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三ヶ月は悪戦苦闘の連続だった。全国から集まってきた女子バスメンバーは私が完膚なきまで叩き潰した人達ばっかりだったし、火力がありすぎてチームプレーが全く出来ない個人プレー集団だった。PGである私の指示は無視、リバウンドもシュートもドリブルも個人でしかやらず、全くパスがない。中には二メートル近い長身が私を撥ね付ける事態にもなり、初っぱなから出鼻を挫かれた。何故私はキャプテンになってしまったんだと後悔したことは何回もある。しかし、それでもバスケという麻薬にも似た必需品を手放すワケにはいかず、三ヶ月間ずっと基本練習と個人練習をし続け、連携の練習や試合をすることはなかった。中には1on1をするバカも居たけれど、私の相手するのと基礎練をするの、どっちがいいと脅すとすぐに静かになった。

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三ヶ月を過ぎるとI・Hの予選大会が行われた。私はやっとこさチームプレーを身につけてきたチームを引き連れて次々と勝ち抜き、神奈川県代表枠を獲得した。
そして、一ヶ月後行われたI・Hで優勝を果たしたのだ。






「素晴らしいキャプテンシーを見せてくれるところは凄い」
「流石ってところでしょう?」
「そういう自信過多なところがなければ上出来なんだがな」
苦笑しながら紺色静(ポジションSG)が私に言うと、売店で買ってきたらしいサンドイッチにかぶりついた。
「しかしまあ、お前がいなければやはりワタシ達は駄目だったと思うよ」
「私がいなければ貴女達は集まっていませんよ」
「それはそうだが、やはりお前は凄い」
「……なんだか気持ち悪いですね、なんですか」
「いや、ふふふ、ワタシもお前に粉々にされた人間だからな、本当はもっと抵抗するとのだと思っていたんだ。自分でもここまでお前になつくとは思っていなかった」
「……そーですか」
「そんなにむくれるな。今ではお前に会えたことに感謝しかないよ」
「あーはいはい」
「W・Cも勝つ気でいるんだろう?」
「勿論です。私達が負けるとでも思っているんですか」
静ちゃんは少し満足げに笑って、掌をみせた。パチンと手と手を合わせて、私は立ち上がる。
「1on1したくなりました。付き合って下さい」
「バスケバカだな、群青さんは」



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1on1をしていると、橙木安近(ポジションC)が急いだ様子で外に設置されていたゴールポストに近付いてきた。どうしたのだときいてみると早口で聞き取りづらい言葉をもっと早めてペチャクチャと私達に喋りかけてきた。半分以上聞き取れなかったが、体育館、テニス部、やばいという単語はなんとか聞き取れたので、かなり焦っている様子を考えて、体育館でテニス部と何かあったのだろうという推測は出来た。男テニだか女テニだか分からないが、面倒事が起こっているらしい。私は体育館に向かって足を広げた。静ちゃんと安近ちゃんが私の後ろについて、不安そうに体育館に視線を向けていた。



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体育館につくと趣味の悪い赤と白の髪の毛が見えた。人工的な色をしたそれらに静ちゃんが舌打ちする。どうやら知り合いらしい。長身の長い髪の中にある整った眉が歪んでいる。
「知り合いですか」
「クラスメイトだ」
「そうですか、御愁傷様です」
「最悪だ」

取り敢えず最悪だと言われた彼等が何をしているのかを見てみる。準レギュラーである蜜柑ちゃんに絡んでいる……? といっても蜜柑ちゃんは百八十越えている為、身長のせいで絡まれているようには見えない。肩幅も彼等より広いし、足の長さだって彼等よりも長く、腰回りは彼らのお臍ぐらいになっている。勝っているのは人数だけの彼らに蜜柑ちゃんも当惑していた。
仕方がなく、私が蜜柑ちゃんの肩を叩き、彼らから引き剥がした。蜜柑ちゃんは助かったと目を潤ませ、これでやっと掃除が出来るとモップを取りに体育館倉庫へと姿を消した。昼練終了直前に絡まれたのだろう、体育館の床は汗で濡れていた。
蜜柑ちゃんとかわった私をみて赤と白は驚いた様子だったが直ぐに私がキャプテンであることを認識したのだろう、顔を歪めて、悪い顔――悪人みたいな顔をして低く笑った。同じくらいの身長だから、全く怖くない笑いだけど。

「うちの部員になにかご用ですか?」
「ご用もご用、用がありまくりだよぃ」
「そうじゃよ」
「どんなご用ですか」
「ん、バスケ部の女子はまだ攻略してねえから」


……は?
口をパクリと開けた私をみて二人がケラケラと笑った。間抜けーと楽しそうに笑う彼らの顔をひっぱたかなかったのは憐れ過ぎたからだろう。私は肩を竦めて彼らを見た。綺麗な顔をしているが、身長は高くはなく、バスケには向かない人間だ。

「悪趣味なゲームをしてるっていう噂は本当だったのか」
静ちゃんはやっぱり眉を潜めたまま言った。
「なんですか、それ」
「なんでも男テニは女子の部活動で女漁りをしているらしい、女バス以外はコンプリートしたと風の噂で聞いた」
「ぷっ、なんですかそれ」
「さあ、なんなんだろうな」
肩を竦めた私に竦て返した静ちゃんは、彼らを見て小さく笑った。

「ただの足の引っ張りあいじゃないのか」

クスクスと陰険に笑う私達に笑っていた彼らの目に剣呑な光が帯びる。

「ああ?」
「止めて欲しいものですね、負け犬臭が移りでもしたら士気に関わりますから」
「テメェ!」
「止めて下さい、神聖なコートに唾を飛ばすなんてことは。蜜柑ちゃん、ここもお願いします、唾液というのは汚いものですからね」
手招き蜜柑ちゃんにモップで拭かせると唾がモップに拭き取られて消えた。
「負け犬と馴れ合う人間は私の部活にはいません。うざったるい馴れ合いを強いるのは止めていただけませんか」
「……」
無言の内に殴りかかってきた彼らをよけて、彼らの手を握る。ごつごつとした手にはマメばかりが出来ていて、どれだけグリップを持っていたのかを伺うことが出来た。
でも、こんな手、努力の結晶でしかない。手を振り払って、足払いをかける。彼らはバランスを崩して無様に転げた。


「何が王者ですか、地区大会で惨敗を期した癖に」



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男子テニス部。中学時代最強とも言われた常勝立海大の核となっていた部活。全国大会二連覇を成し遂げた偉業は今でも語り告げられている。……しかし、彼らの今は全盛期であった中学時代とは比べるのも嫌になるほどに弱体化してしまった。

要因は彼らの部長であった幸村精市の実質的な選手としての引退宣言だという。
話しだけしかしらないが、かなり有名な選手だったらしい。中学時代の選手達にとって精神的支柱であり、倒すべき相手、ライバルだった。噂でしか知らないから今一ピンとはこないが男子テニス部に必要不可欠の存在。……だったらしい。

だからとはいえ、弱体化する理由にはならないとは思うのだけれども。しかし現実問題彼らは、神奈川地区大会で惨敗し、全国大会どころか関東大会にさえ出れなかった。


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新設の部活と長き良き歴史ある部活。部費の問題から、優遇度合いまで争った部活とは思えない実績の差。きっと来年度からはうちの女バスが男テニよりも多くの部費を貰い優遇されるだろう。悲しいかな、立海が実力主義だ。落ちぶれていく部活をのさばらせておくようなぬるい学校じゃない。
王者立海、か。

「出ていけ。君たちみたいな奴を大事なコートに足を踏み入れされるほど、私は君たちとの友好関係を築きたくないし、日和見主義じゃない」
転けた彼らの目の前に足を出したら音が鳴った。ダンッと小さい音に彼らは怯える。

「あちらが扉になります」


「流石っすね群青ちゃんあたし凄い感動しちゃったっす涙出ちゃう泣いちゃうでも実際あいつらが泣きそうでしたけどまあざまあみろですけど」
「口が過ぎますよ、安近ちゃん」
「でもでも本当のことっていうかまじっていうかあいつら調子こき過ぎだもんしかもめちゃくちゃカッコ悪かったし」
「ふふっ、本当のことだ。なんだか気分がいいな」
「……静ちゃんもですか」
何故かこの二人は男テニに恨みがあるらしい。
「ワタシはあいつ達に金をむしられ潰された夏休みの合宿を忘れはしないっ」
「……そんなに男バスと一緒に合宿したかったんですか?」
静ちゃんが言っているのは部費の関係でなくなってしまった、男バスと一緒に東京の男子バスケ部強豪校が集まる合宿に参加するという企画のことだ。あれは私も凄くいきたかった。
「違う、U-18に選ばれた筈の男子が一同に返すから手合わせしたかったんだ」
「あー静が憧れてる選手いたもんねスリーポイントのあの選手なんだっけ望月?葛城?島根?四草?なんか違うや誰だったかな」
息荒く選手の名前を叫んだ静ちゃんに驚きながら安近ちゃんは首を回した。百八十以上の大きな体の上にある首が倒れると影が広がる。
「私も好きですよ、彼、スリーポイントシューターとしては一流ですからね」
「それだけじゃなくPGとしても機能出来るしね万能っていうかゲームに対する空気の変えかた、勢いの付け方が上手いんだよね」











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