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「ディフェンス、強めにお願いします」
「はいっ!」
「それでは始めますよ」

足を広げて、ボールを股の下で一回下げて左に持ち帰る。手は左へと移動してくるから右へと股の下を潜らせてそのままドライブして抜ける。この時はクロスオーバーでも別に困ることはないが、相手に手を伸ばされた時の回避率を考えたら、クロスオーバーよりもパスをして味方に渡した方が得策か? でもそうなると1on1では負けてしまうと思わせることになってしまうし、それならいっそここは一回転して抜くというのもありかもしれない。ぐっと足に力を入れて、ボールをバウンドさせる。跳ねる音とバッシュのキュール音が耳を刺激する。ふっと息を吐いて切り込んでいくと、蜜柑ちゃんから野獣のような光が見えた。
……作戦変更。チェンジオブペース。急激な速さの高低さで攻めよう。ボールを後ろへと飛ばし回転しながら、それを受け止め、蜜柑ちゃんの体の横に自身の体を持ってくる。うめき声を上げた彼女を素通りして、フックシュートで入れると、その場に蹲られた。


「は、速すぎっ」
「もっと目馴れさせて置かないと厳しいですかね」
「厳しいっていうか……ああ、もう! キャプテン忍者ですか! 動きが全く見えなかった!」

忍者扱いとは……。ただの停止からの加速に過ぎないのに。

「辛子さんと対戦したことありますか?」
「ありますけど、もっと遅かったです! ううっ、凄すぎる……」
「あ、分かりました。蜜柑ちゃん軸足見ていなかったでしょう。軸足を見て進行方向確認しないと相手がどこにいくか分かりませんよ」
「見てました! 見てたらなんかいきなり後ろにボールが跳ねて、気が付いたらキャプテンが消えてたんです!」
「…………おっかしいですね」
確かに反応は出来ない速度だが、そんな超人的な動きはしてない筈だ。というか目の前の人が消えるだなんてそんなバカなことがあってたまるものか。
「うー! もう一回! もう一回お願いします!」
「……いいんですか?」
「次は、絶対に取ります!」
「そうですか。じゃあ、取れるものなら取って見てください」

ダムダムとボールをバウンドさせる。熱意溢れるこの部活のことを私は好きだ。無理だと思っても消して諦めないこの人達が好きだ。だから皆に認められる部長になりたい。皆に頼って貰える部長になりたい。私を天才のままにしてくれない皆が本当に大好きだ。
彼らも――男子日本代表も――その中で尊敬するキャプテンも、あの中でそう思ったのだろうか。それだったら、私はこれ以上幸せなことなんかない。
切り込んでいくと、蜜柑ちゃんはまた私を見失ったようだった。苦笑して、ゴールを揺らすと悔しそうな顔でまたせがんでくる。
バスケは楽しい。

やっぱり、彼女達が大好きだ。

■■■

「テレビ出演ですか」
「そうだ。どうだ?」
国語の紫煙先生(元バスケ部であり顧問)が机の上にあった企画書を叩く。白い紙には黒々とした文字が踊っている。企画書の真ん中を占拠している文字はよく聞くニュース番組の名前が書かれていた。確か、全国放送だった筈だ。
「また、なんで」
「新設女子バスケットボール部、全国制覇なんて漫画みたいじゃねえか」
「漫画って、あることですよ」
「なかなかねーよ。ま、あったわけだけどよ。どうだ、受けるか?」
「受けないわけにはいかないでしょう。そういう活動には全面協力するって言ったわけですし」
「それで部費を手に入れたんだっけか? カカッ、あの時は半信半疑だったがマジモンのテレビが来るとはね」
「私も少しビックリしてます。来るのが速いですね」
「そっちかよ」
シワシワのシャツを撫で、先生は呆れた声を出した。一年前に先生に会ったときも言った筈だが、私はこの立海女子バスケ部をこの学校のアピールポイントとしてこれから三年間挙げ続けて戴くつもりなのだ。テレビ取材ぐらいいつかは来ると思っていた。時期は速いが、予想していたよりも大手が取り扱ってくれるは嬉しい。
「相変わらず、変に自信家だよな」
「相応の実力がありますから」
「それはそうだ。なんたって全国制覇してるわけだしな。フランス戦の準備はいいか?」
「そのまえにW・Cの予選がありますよ」
「あー、だっけか。……ん? 待てよ、いや、ちょっと待て」
「はい?」
いきなりごそごそと机を漁り始めた先生。散らかっている机には安物のコーヒーとパソコンのコードが並んでいる。それらを退かしながら、低くうねりながら視線をさ迷わせると、見つけたのか封筒を渡してきた。表面には重要とコメ印で強調してある。送り主は、――W・Cの実行委員会だ。
「なんですか、これ」
「まあ、見てみろ」
「はあ」
少しだけワクワクとしている先生に冷ややかな目線を送りつつ、封筒の中身を取りだし目を通す。ん? 重要事項のお知らせ? なんだ、これ。

「……シード訂正?」
「そうそ」
目で文字をなぞるとそこに書かれていたのは先に送られてきた書類の訂正をするものだった。
「ということは」
「東京区選抜大会なしで全国だ!」
「…………そうですか」
「おい、なんかテンション可笑しくないか」
左拳を突き上げた紫煙先生が口を尖らせる。テンション可笑しくないかって言われても、これをどう部員に伝えていいものやら。結構皆楽しみにしていたのに。
「これウチ以外のところにも来ているんでしょうか」
「来てるだろう。I・Hでベスト8に入った奴らは自動的にシードに入る筈だし。ウチだけが間違った書類を受けったわけじゃねえしな」
ということは水草もか。対戦したかったな……。
「取り敢えず、じゃあ当面の目標はフランス戦になりました。教えていただいてありがとうございます」
「お前少し怒ってるだろ……そんな目すんなって、早めに教えなかったのは悪かったけどよ」
「別に怒ってません。先生のいい加減さに呆れているだけで」
「……先生を呆れんなよ……」
「テレビ取材の方は先生に一任するのでくれぐれも宜しくお願いしますね」
「念を押すなよ……!」
涙目になった先生を見てふふふと笑った。

■■■

体育館へと戻る途中、土色の髪をした男の子とすれ違った。
――え?
足が縺れて前のめりになる。茶色い封筒を両手で持っていた為、受け身が取れない。ねずみ色した地面が目の前にあった。
ゴツンッ。
鈍い、音がした。

――――早く、皆に
全国に行けるってこと伝えなくちゃ……。

暗転。
暗転。
そして、痛み。


■■■



■■■

「だ、大丈夫、か……?」
「静ちゃん」
「……元気そうだな」
本を片手に迎えると静ちゃんが息を整え言う。急いで来たのだろう、バッシュのままだ。学校内にあるとは言え、保健室にバッシュはないだろう。
「すいません、お呼びしてしまって」
「それはいいが、何故呼ばれたんだ?」
顔を反らして聞く静ちゃんに苦笑して、言葉を返す。
「私、どうにも足を少し痛めてしまったようで、これから大事を取って病院に行くことになりました。それで静ちゃんに全国大会出場が決定したのとテレビ取材について話して貰おうと思いまして」
「は? 地区はどうしたんだ……?」
「それが通達に手違いがあったようで。詳しくは書類に書いてありますが、I・Hの上位チームは強制的にシードで全国大会出場です」
「それはまた……」
嬉しいとも悲しいとも言えない事態だな。口を引き結んで静ちゃんは言う。主観的に言えばそれは確かに嬉しいことだが、しかしそれ故に前戦ったチームとの再戦が約束されてしまった。
「悩んでも仕方がありません。フランス戦に向けての練習をさせて下さい」
「分かった。……大丈夫なのか、足」
「調べてみないとなんとも言えませんが、バスケではよくあることですし、大丈夫だと思います」
「それならいいんだが」
「テレビ取材の方は」
「あいつらは気にしない」
「……ですね」
「他に何かあるか?」
「シュートの確率を調べておいてくれると助かるのですが」
「マネージャーを雇え、マネージャーを」
「ですよね」
元気になってから私がやりますか。もう大丈夫です、目配りをして静ちゃんを帰らせる。
まさかこんなことになるだなんてな。捻ってしまい微かに痛みを主張してくる足が憎たらしい。立ち上がると鈍痛が走る。完全に痛めてしまったらしい。ちゃんとフランス戦までに治るだろうか。保健室の扉を開けて、不恰好のまま校門まで向かう。紫煙先生の顔は可哀想に歪んでいた。

■■■

「何があったのか、教えてはくれないか」
「…………分かりません」
病院から帰ろうとした車の中に、校長先生がいた。紫煙先生はらしくもなく背筋を伸ばしてバックミラー越しにこちらを見てくる。チラチラと目線が合うが何も言ってくれないのは寂しいものがある。
「分からない、とは?」
「ある男子生徒の横を通り過ぎたらいきなり転んでしまったんです。両手を塞いでしまって反応が出来なくて無理に足を曲げて受け身の体制を取ってしまいました」
「男子生徒とは誰だい? そんな生徒は君が発見されたときにはいなかったよ」
「土色――そうですね、金色に近い黄土色の髪をした男子生徒でした」
「――紫煙先生」
「はい、分かっています」
無機物な声で答えると、紫煙先生は校長をバックミラー越しに見つめた。数秒の後、校長先生が私に目配りをしてくる。

「君はうちの大切な生徒であると同時に輝かしい未来を持った選手だ。もう少し体を大切にしてくれたまえ」
「すいません……」
「今回は軽症で済んだようだが、もう二度とないようにしなくてはならない。……意味は分かるかね?」
「……はい」
「宜しい、ならば見つけ次第紫煙先生に連絡を。いいかね、群青君、君は特別な存在だ。それを認識してくれ」

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「特別な存在、か」

家に着く前に校長先生は次の仕事へ行く為に紫煙先生の車から出ていった。私は校長がいなくなった後、呟く。車を走らせていた紫煙先生が背筋を丸くさせてぽつりと溢した。
「VIP待遇だよ、お前。野球のエース引き抜いてくる時でもこうはなんねぇし」
「知ってます」
「お前は女子バスケ界の期待の星、だからな」
「……知ってます。昔から言われてましたから」

中学二連覇した頃だろうか。周りの大人が騒ぎ出したのは。騒ぎ出した大人達から薦められて、高校生達に揉まれながら参加したU-18。そこで私は周りに実力を示した。立海もその頃から私に目をつけ始め、ラブコールも早めだった。

「私は日本女子バスケ界を背負ってる」

知っているんだ。自分が他と違うことを。私が周りと違うことを。

「昔から、言われてきましたから」

そんな人には成りたくはなかったけれど


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テーマ「人外ファンタジー」
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