「なんだよ、財前君。私に何か?」
「別に、ただ名前それ俺のや」
このピアス君は私のお金で買ってきた(運搬は財前君)わらび餅を指差して欲しそうな目付きで(実際には当然だと言わんばかりの目付きで)私を見ると、拳銃でも差し出せと宣うかのように手のひらを十分に見せた。私はその手を突き返す。後輩でもないこの幼馴染みに分けてやる義理なの毛頭なかった。大体金銭は私のだ、彼は私に使いっぱしりを文句をなくされいたのだし、報酬の話をしたわけでもないのだし、私が独り占めしても心象は良くないだろうが裁かれるということもないだろう。警察様が私を捕まえる為にやってくるというのならば話は別だが、そんな良心というやつで簡単に自分の食事を分けるわけはない。
「けちるなや」
「けちる?何を言っているんだい、正当な感覚に基づく金銭の使い方をしているよ。財前君こそ自分の分がある癖にねだろうだなんてけちなんじゃないかい?」
「それが買ってきてやった人間に対する態度か」
「それが買ってきてと依頼をした人間に対する態度ならば君は一生社会に出ないほうがいい」
「名前こそ社会に出んほうがええな、就職した会社が可哀想やから」
こないだ先生に協調性が皆無なのを嘆かれていた財前君にだけは言われたくない。同じ学年同じクラスだと基本的にそう言った話は聞こえてくる。だから相手にだけは言われたくないという感情が高まるのだ。こないだ女の子をフって泣かせたことも、家庭科であまりの手際の悪さに班の子の役割を全部奪いとってカレーを完成させたのだって知っているんだ、そういう人間にだけは私を貶めて欲しくはなかった。でも多分この思いは財前君も感じているであろうことだろう。私も彼と同じであまりいい噂は立たないのだから。(いい噂が立つようなことをしていないのだから当然だが)
だからと言ってた売り言葉に買い言葉、口がつらつらと言葉を発してしまう。言葉を止めることは出来ず私は財前君と睨みあったまま意味もない言い争いをし続ける。口に運んだわらび餅は口に入れられないまま竹串で刺されたまま宙ぶらりんになっている。
「だいたい財前君には協調性が足りていないんだよ。もっと他人に合わせるということを学んだほうがいい」
「他人に合わせるんやったら名前のほうが先やろ。ここ大阪やで、なんで大阪弁喋らんねん」
「そういう固定観念がイライラするんだよ、大阪だから大阪弁を喋れ?だったら宇宙に言ったら宇宙語を話さなくてはならないのかい?そういう型に嵌まった行事は私は嫌いだ」
「俺はそこまで言っとらんやろ。大体大阪と宇宙じゃあ規模が違う、なんやお前は犬とハムスター並べて同じ哺乳類やから仲良くしよなとか言うんか?そういう荒唐無稽なそれた話しせんといてくれんか」
「それとこれこそまるで話が違うよ。私はそんな意味が分からない無茶苦茶なことを言っているわけじゃない。私はただ固定観念に囚われ過ぎていると言っているんだ。哺乳類が仲良くするなんて話し一言もしていないよ」
「例えに決まっとるやろ。頭の固いやつなや。大体や、固定観念?ちゃうな、お前はただ他人と同じ行動取りたくないだけのひねくれ者やろ。根性ねじ曲がっとるだけや」
「よく言うよ人のこと言えないような性格の癖に。ああ、ごめん。財前君の場合性格だけじゃなく、心も歪んでいるか」
「名前こそ自分のこと棚に上げてよう言えるな。お前の場合心も性格もいじの汚さもねじ曲がっとるがな」
ポロポロとわらび餅のきな粉の粉が落ちる。指先が震えているのだ。勿論怒りで。このピアス君は私の性格もいじも心も歪んでいると言った。そんなわけないだろう。指を指して教えてあげたい。君のほうが私の数十倍以上歪んでいるということを。彼も同じように思っているのだろう。開けられた焼きそばパンの袋を震わせて顔を翳らせている。ピクピクとつり上がる唇がいい証拠である。
―――とその時、頭上から軽い震動が伝わる。頭のてっぺんが痛い。わらび餅を持っていない方の手で擦ろうとすると布地のバインダーらしきものに阻まれた。なんなんだと顔を上げるとそこには綺麗なお月様みたいに輝く銀色の輝き。太陽に照らされて光るその様子は金粉を思わせて見るだけで目が眩んで細目で見てしまう。お月様は口を尖らせて困ったように私に視線を合わせると何してるんやと目で伝えてきた。
「なにすんすか、白石先輩」
財前君が私より先に疑問符をぶつける。私はそれに同調し首を縦に振った。一個上である彼は何でも知っていそうな賢そうな顔にある薄くて綺麗な唇を開いて言葉を告げる。
「喧嘩両成敗や」
どうやらその言葉通り財前君もバインダー攻撃をされたらしく白石先輩の包帯が巻かれている方の腕には――つまり財前君を叩いた腕の先には青い簡易バインダーがあった。紙を簡単に挟めるそのタイプのバインダーには二三枚の紙が挟んであり、簡単には取れる様子はない。私はそのバインダーを見ながら、白石先輩にこう言い返す。
「私まで打たなくてもいいじゃないですか」
「名前ちゃんやて、財前に酷いこといっとったし公平を期すためにや」
「レディに対して優しくないですね、ロリータを無理矢理校内童話会で読ませますよ」
「地味な嫌がらせを口に出すん止めてや名前ちゃん、ホンマ怖いわ……」
「ちゅーか白石先輩何しに来たんですか」
「何しにって、痴話喧嘩を止めにきたわけやないで」
「白石先輩、痴話喧嘩だなんて止めて下さい。財前君が私に突っかかってくるだけですから」
「はあ?なんやて、もう一度いいや名前。誰が突っかかっている言うんや」
「私の目の前にいる君に決まっているじゃないか。分からないの?」
「はいはい、止めとき止めとき」
パンパンと手を叩きながら――とはいえバインダーがあるためバインダー同士を叩き合いパンパンと乾いた音を出しているのだが――白石先輩が私と財前君の間に入ってくる。白石先輩には悪いが少し邪魔である。が、まあなにも言うまい、私は口を閉ざした、けれど隣にいた狂犬ピアス君はキャンキャンと耳障りな声を出した。
「お前の方が突っかかってきてる言うねん!白石先輩退いて下さい、こいつしばいたらあきません」
「止めや、財前。女の子に手を上げるもんやないで」
「白石先輩さっき手を上げていませんでした?」
「名前ちゃーん、いらんこと言っとると助けてやらへんで」
「どうぞどうぞ、助けてくれなくても大丈夫ですよ。財前君くらいちょちいのちょいですから」
「テニスラケット持っただけで腕を壊したやつがよう言うわ」
「いつの話をしているんだい、昔と今じゃ全然違うよ」
パンパンと白石先輩はまたバインダーをパンパンと叩いた。今度は少し強めだ。音が拡張して伝わると財前君が黙り込んだ。流石部長さんだねえと納得の頷きをしていると、白石先輩が私の頭を撫でて、そしてその撫でた手で私の頬を引っ張った。びにょーんと擬音が出そうなぐらい伸びた私の頬を財前君が白石先輩の間から見る。小憎たらしい視線が突き刺さる。少し馬鹿っぽく広げられた唇の中にわらび餅を突っ込みたくなった。
「なんのつもりいでふか」
「ごめんな。ついついやりたくなったんや。それに二人でまた痴話喧嘩されたら構わんし」
財前と優しい声で白石先輩が言う。財前君はそれに答えてなんですかと答えた。
「このバインダーはお前のや。今度の合宿の資料が纏めてある。ちゃんと読み」
「はいはい、分かりました」
青くないバインダーが財前君に渡される。そこで頬っぺたが解放された。頬っぺたを触り、赤くなっているであろうそれを擦ると財前君が白石君を越えて私の頬っぺたに触れてきた。
「痛くないか」
「馬鹿じゃないの、痛いに決まっているじゃないか」
「白石先輩、何してくれるんっすか。名前は女の子なんすよ。ホンマに手を出してどうするんすか!」
目を見開いて驚く白石先輩を一瞥して、雑菌を拭うみたいに裾で私の頬を擦り続ける財前君に苦笑する。
「自分らホンマ分からんわ……」
髪の毛を掻く白石先輩。分かって貰っても困るんですよ。口を引き結んで笑いを溢すと白石先輩に重なるように財前君が視線の前にやってきて、私の頬っぺたをつねった。
「なにふるの」
「白石先輩に色目使うな」
「色目なんかふかってなひ」
「嘘や」
鋭い視線を睨み返す。はあ、なんで私は彼みたいな人間と同じ年なんだろう。かたっ苦しくて仕方がない。不平を言いそうになる唇の中にわらび餅を入れる。きらりときな粉が妖精の粉のように煌めいた。
「おいしいでしょ」
頬っぺたから離れた指先が口先についたきな粉を拭う。
「……ん、もっと食わせて」
「私のわらび餅なんだけど」
そう言いながら口先に運んで上げると雛鳥のようにパクつく。
――まあ、こんな生活も悪くないかな。唇を緩ませると財前君が美味しそうに微笑んだ。