「不二周助君かあ」
「……?」
「私は君のこと、嫌いじゃないんだけどね」
これも運命かなと、目の前で眼鏡をかけた女の子が笑う。
細められた目から見えるのは水のような冷静さ。ボクは少しだけ眉を潜めた。
――なんだか、見透かされている。
そんな気がする。
「四年に一度のこの日に会えたのは、ある意味で夢のようなものなのかもね」
そうだ。今日はボクの四年に一度の誕生日。
たかさんの家で誕生日を祝われる為に移動している最中だ。
そんな中彼女とばったりと遭遇?というかすれ違ってしまった。普通ならば声もかけずに終わるだろう他人との交わりは、何故か彼女がすっとんきょうな声で「あの不二周助君じゃないか」と言ったことで崩壊した。
彼女は何故か大阪の四天王寺中に似ている制服を着て、薄笑いを浮かべながら、物珍しそうにボクを見ている。なんだろう、テニスの関係者かな?
それにしては不躾な視線だ。眉がまた寄る。
「あ、ああ、ごめんごめん、私は四天王寺中のものでね、テニス部の財前という人の知り合いなんだ。君のことは全国大会で見たことがあったんだよ。だから声を掛けた。ぶしつけで申し訳ないねえ、大阪はフレンドリーな人種が多いから、こうなんでも声をかけちゃうんだよ。嫌な気分になったのならば謝ろう。ごめんなさい、許してくれる?」
覗き込みながら見られた目に何度も頷くと、あれと首をもたげられる。
「女慣れしてない?」
「……悪いかい」
「いや、別に。でもそうだね、あんまりそういうのはよくないかもしれない。からかわれるもの、しかも嫌な感じに」
ほら私みたいにと、頬に手を伸ばしてくる女の子は気味が悪いほどにっこりと笑っている。
悪寒がして、無意識のうちに体が後ずさっていた。けれど彼女は構わずに手を伸ばす。手がボクの頬にあたる。生暖かい体温がボクの体温と溶け合っていく。
不思議と嫌な感じはしなかった。いつの間にか悪寒もひいてしまっている。にっこりと笑っている彼女を見て、アレと首を傾げたくなった。結構、可愛い。
さっきまでちゃんと見ようとしていなかったからだろうか、彼女の輪郭がはっきりと見えてきた。切れ長な睫毛が冷静さを纏う瞳を閉じ込めている。
「あれ不二君、嫌がってくれないの。普通こんなこと知りもしない人間にさせちゃいけないよ」
不思議そうに目をぱたつかせる彼女は唇をあげながらも困惑を瞳にうつした。
クスクスと無意識のうちに笑っていた。目の前の彼女が一瞬瞳を閉じて、胡散臭そうな笑顔を湛える。その瞳にはボクを写している。どうしてだろうか、上手くいえないけれど、凄く妖艶な瞳。まるで妖花のようだ。ボクを見る目がとても慈悲深いのに、厭らしい。まるで悪魔のような、悪事に誘い込むような、そんな瞳。
「なんで笑ったの?」
「キミが綺麗だから」
「うふふ、うれしいなあ」
きゅっとまた目蓋が瞳を隠して正体を見極めさせない。掻き立てられる見破りたいと言う心。
「そうそううるう年はね、元々地球の公転速度のせいで出来上がった日なんだよ」
いきなりの話題転換に疑問を抱きつつ口を挟まないように口を引き結ぶと瞳が目蓋をあげて現れる。
「地球の一回転のスピードは約二十三時五十六分。1日約四分のタイムラグが起こっちゃっているんだよ。ほら1日は二十四時間だからね」
じっとみつめていると瞳に吸い込まれそうになる。僕はその瞳に引き寄せられるかのようにゆっくりとバレないように彼女に近付く
幸いなことに、彼女は話しに夢中だった
「1日四分のタイムラグ。つまりズレが生じる。四分っていえばまあそんなにたいしたことには思われないかもしれないけど、それが毎日となると少しずつ昼夜が逆転しはじめちゃうからねえ」
ゆっくりと彼女を捕らえる為に手を動かす。彼女の目は何度か瞬きを繰り返し、滔々とよどみなく語られる言葉に覇気を込める。
「四分×三百六十五日。千四百六十分………ん?ってあれ?」
困惑したように首を傾げた目の前の彼女の手を握ってクスクスと笑ってみせる。そうだよ、それはちょっと違う。
「地球は三百六十五日で太陽の回りを回っていないんだ。正確には三百六十五、なんなんぐらいでね、それが四年目になると1日分の時間に相当する。まあそれでも0・なんなんは残ってしまうらしいけど、でも調節出来るんだよね、大体は。だから四年に一度閏年になるんだ」
「………詳しいねえ」
「ボクの誕生日だから」
そういうと目が少し開いて綺麗な眼球が輪郭を見せる。球体を思わせるその瞳に美しさを感じながら、握っていた手の平に飴玉をポツンと置く。
味は苺味。姉さんから貰った誕生日のお祝い物だけど彼女にあげよう。
「……ふふふ。閏年の人は四月二十八日が基本的に誕生日のはずでしょう?憲法にはそう書いてあるはずだけど?」
「生まれた日にはかわりないからね、今日はボクの誕生日だよ」
「まあ、それもそうだね。ハッピーバースデー、不二周助」
「ありがとう」
「良かったらこれをあげるよ」
そう言って差し出されたのは白い箱につつまれた何か。彼女はいきなりあった人から貰いたくなければ取らなくてもいいけどといったけれど、貰えるものならば貰っておこうとボクは手を伸ばした。
「これは?」
「苺タルト。本当はお世話になった人に渡しにいくつもりだったんだけどね、そういえばお世話になった人も居なければ、学校説明会の時に渡すものでもなかったと思ってね。持ち帰ってきていたんだよ。よければ食べて」
「学校説明会って、大阪からこっちに来るの?どの学校に?」
「そうだよ。私立の高校に春から行く予定なんだ。また会う機会があるかもしれないね、不二君。そのときはどうぞよろしく」
手を振って別れようとした彼女を声で引き留める。ふわふわと風で靡いた髪は振り返った顔を半分程覆い隠す。
「キミの名前はなんて言うの?」
髪で覆い隠された顔の中から瞳だけが爛々と輝いている。
「苗字名前。四天王寺の三年生だよ」
その後彼女から貰ったタルトは青学の皆に振る舞われたのは言うまでもないことだろう。