「先輩」
「なんだい、財前君」
喧騒から離れ、私と財前君は家のすぐ近くの道をちまちまと歩いていた。速度は少しゆっくり目だ。それでも歩幅の関係でずれる距離を必死になおそうと歩幅を広げる。
「チョコ貰ったんですか?」
「君もその話しに加わるの?」
茶化そうと財前君を覗き込もうとして、驚く。財前君の目が真剣味を帯びていたからだ。冗談ではないらしい。
「貰ってないよ」
嘘をついた。財前君につく嘘はこれで何度目になるだろうか。いや、そうじゃなく何十、何百度目と言うべきか。
「私が貰えるわけがないでしょう?」
「……それも、そうですね」
「ね?心配しなくても嘘だよ」
そう、結局は嘘なんだよ。全部出鱈目だ
跡部君に言われたことを思い出す。私は嘘をつく必要もないのに嘘をつきたがる。それはお前のいる環境が悪いんじゃないかと。お前はその環境のせいで無理矢理嘘をつかされ続けているんじゃないかと。深読みし過ぎる王様だが、ある意味で正解だ。私は確かに環境のせいで嘘をついている。でも私は嘘をつくことに後悔なんかしていない。嘘をつくことが悪いことだとは思えない。
だって嘘をついたらこんなにも財前君が笑ってくれるのだから。
唇頭に嘘の林檎をつけていつものように頬を吊り上げて、機嫌を取るように目尻を下げる。
「先輩、パウンドケーキ不味いっすわ」
「あれ、おかしいな。分量は間違っていないはずなんだけど」
いつものように微笑むと財前君が私につられて笑った。