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チョコを貰い、日吉君達と一、二分の雑談をし、そろそろ行かないと不味いと日吉君が焦り始めるまで私は鳳君を観察していた。というのも私は日吉君とは二週間三週間の間柄ではあるが鳳君とはそんなに時間を共有していなかったのだ。私は鳳君というまだ輪郭の掴めていない後輩を筆先でゆっくりとなぞるように接すると、鳳君は警戒心もなくすんなりと私に馴染みたいというかのように会話に加わってきた。
貴重な後輩だと思う。私の知っている後輩は財前君と日吉君、そして樺地君ぐらいなのだ。三人とは種類が違う後輩は今まで接したことがなかったが、成る程成る程、子犬のような、或いは身長のせいで大型犬のような、そんな雰囲気を無意識のうちに発している。
尻尾をブンブンと振っている。そんな説明が一番正しいのだと思う。好意があからさまで分かりやすい。素直だなと思う反面私のことをちゃんと分かっているのかと心配になる。私は確か、鳳君がなついていた面子さんをことごとく無惨に晒し者にしたのだけれども。
おかげで宍戸君には半年前かなり怖がられていたっけ。
普通ならば宍戸君みたいになるはずなのになあ……。
面子さんとのことの全貌を知らない日吉君に視線を一回戻して、車の中に名残惜しそうに入っていく鳳君を見る。
日吉君は疲れたとありありと顔にあらわして私を視た。その姿を鳳君が見えなくなった後に視界に映すと、前髪によって少しだけ隠れた鋭い目が私をじっと見詰めていた。
「どうかした?」
「……バレンタイン、迷惑でしたか、来て」
途切れ途切れに聞こえる言葉は自信なさげに紡がれる。いつも反骨精神だけで目をぎらつかせている日吉君とは思えない。
「べつにそうでもなかったよ。まあ、次はちゃんと日吉君だけで来てくれると嬉しいけど」
「鳳のこと、駄目なんですか」
「駄目というか、日吉君とはやっぱり一対一で話したいんだよねえ、次来るときはもっと話せるように時間を作って来てくれると嬉しいかな」
「俺はべつに苗字さんと喋ることなんてありませんよ」
「おや、それは残念だな」
皮肉を皮肉で返した言い合いは日吉君がぶっきらぼうに放ったではまたという言葉に押し流されていってしまった。
高さのある下り坂から黒塗りの車が小さくなるのを確認しながら、チョコが入った袋を揺らす。
そういえばバレンタイン初めて貰ったかもしれない
樺地君が作ったであろう一つだけ職人気質漂うチョコクッキーにかじりつき、ふとどうでもいいことを考えてしまった。