「お前、なにしてんだよぃ」
「え、っと、ごめん」
「ごめんじゃねえ」


丸井君は息も絶え絶え、肩で息をしながら、近付いてくる。

なにか悪いこと、しただろうか。

丸井君の恥になるようなことをしただろうか?

頭で検索する。
丸井君は幼なじみで、私がいろんなへまをやらかしたらその度に呼び出されたりするのだ。
また怒っているのかもしれない

肩をぐらつかせて、丸井君を見ると、射抜くような目線でこっちを見ていた。


「なにか、また先生に言われたの……?」
「……ちげぇけど。つうか先生になんか言われんのは毎日だろぃ。気にしてねぇし」
「う、うん」

そこは気にしなくちゃダメなんじゃないかな。
口ごもると、結局言えなくて、丸井君に語るのを任せた。
私は口下手だ。
喋るのは、好きじゃない。
丸井君以外の人間も嫌い。
丸井君の周りにいる人間も凄く嫌いだけど。
一番は、ちゃんと話してもいなくて、相手の事、分かってもいないのに嫌いになる自分が大っ嫌い。
死ねばいいのにって思う。


「それより、お前。何かあったのか?先生に何か言われた?」
「ち、違うよ。違う。先生は私のこと、嫌いだから」

私は、ただでさえクラスのお邪魔虫なのだから、あの先生は嫌っているはずだ。

私の叔母は警察官だから、成績を改竄しているあの先生は、私のこと、警戒している。


「話しかけたりしてこないし」
「ふーん。まっ、それならいいんだけどよぃ。………んで、それ、なに?」
「それ?」


丸井君の目線を追う。
その先には、私が開けようとしたチョコが入った袋。
恥ずかしくて、バッと後ろに隠すと、丸井君は苛立ったように眉を潜めて近寄る。


「なんだよ、俺に見せねぇの?」
「こ、これっ、その、形が悪くてっ、みせ、見ると、だめなんだよっ」
「別に形が悪いぐらい関係ないだろぃ。それともなんだよ、見せちゃあ悪いものなのか?そのチョコレート」
「あっ、だ、駄目だよ!丸井君っ!」

丸井君は私の腕からチョコレートをするりと抜き取るとその袋を鼻に近付けて、臭いを嗅ぐと、すぐに離して袋をまじまじと見た


「なんでぶっ壊れてんの、このチョコレート」
「お、おとしちゃって」
「嘘。お前、嘘バレやすい奴なんだから、嘘つくなよぃ。……踏まれたんだろぃ」
「うっ……」

なんで丸井君が知ってるんだろう。
あ、いや、あの教室の机の方にいたんだから見ようと思えば見えたんだっけ。


「つうか、これ、俺に渡そうとしたやつじゃねえんだよな」
「えっ?」


丸井君の目付きが異様に鋭くなる。
彼はたまにそういう風な目付きをすることがあったけど、私を向きながらまじまじとするのは初めてだった。


「………潰してもいいよな」
「…あっ」


もう、つぶれてるよ。
私はそう口にしようとしたときに、丸井君は袋を意図的に地面に落とした。
そして、足を振り上げて、チョコレートの上に持ってくる。
下に下ろしてしまえば、もうそれだけでくっきりと丸井君お気に入りの口の裏面が残ってしまうだろう。

まあ、私としては、丸井君が私の手から、自分のところに持っていってくれたことが、幸福すぎる幸福だったので、別にいいかななんて思った。
私は丸井君にあげただけで満足です。
食べられなくても、踏まれても、別にどうでもいい。

丸井君が私からそのチョコレートを取ったというだけで、私の悲願は叶っていたのだから。

形がよかったら、受け取って貰えると思ったから、きれいにラッピングをしたんだし。
よかった。



「………っ。なにんも言わねえんだな」
「うん」
「このチョコレート、お前の手作りなんだろぃ?」
「手作りっていうか、市販のやつを溶かして固めた、やつなだけだよ」


イチゴとか、丸井君好きだから入れてるけど。


「だけど、お前が頑張って作ったやつなんだろぃ?火なんてお前が使えるわけねぇし、苦手な叔母さんに頼んで火をつけてもらって作ったんだろぃ?」
「うん、そうだよ。丸井君、よく知っているね」


私は火なんて危なっかしいもの使うの禁止されているし、叔母さんだって、よくお酒でべろんべろんになって帰ってきては私を罵のるからあまり好きじゃない。


「よく知っているね……じゃねぇの。このまま踏み潰していいのかって聞いてんだよぃ」
「うん、いいよ」
「……お前な、ちょっとは考えろぃ」
「うん、じゃあ考えるね。………いいよ?」
「……はあ」


丸井君は大きなため息をついて、ふうと息を吸い込んだ。
なんだか疲れてるな
どうしたんだろう?


「なんで」
「?」
「なんでいいの?お前、別にそこまで感情がないってわけじゃねぇだろ?泣くときは今みたいに泣くし、怒るところは怒るし。だったら、なんで折角作ったチョコ、踏まれそうになってんのに怒らないんだよぃ」
「なんでって、丸井君だからだよ」
「………、お前なあ」


話をちゃんと聞けと言われて、呆れ顔をする丸井君。
私はその言葉をぶった切って、続ける。


「丸井君はヒーローだから、丸井君は私の正義だから、丸井君がやってることに間違いなんてないんだよっ。だってだって」


結べなかった靴ヒモ
飛べなかった跳び箱
動かせなかった机
分からなかった問題

全部、君が教えてくれたから。
全て君が手伝ってくれたから、私は出来た。


君がいなかった、私は。
ここにこうして生きてなんていないんだから。


「君は、私の全てだから」


丸井君は、その言葉を聞いて、少し、少しだけ、悲しそうに、それでいて嬉しそうにした後に、私の手を無理やり引いて、チョコレートの袋が転がっているところに私を誘導させる。


そして袋を持ち上げて、はいっと私に渡してきた。


「……?」
「お前に取って俺が全てであるのならば、お前はこれを俺に渡すべきだろぃ?」
「うん、だから丸井君に渡した、よね?」
「だめ」


丸井君は私に袋を押し付けるように渡して、満面の笑みで私を見る。
お日さまみたいな笑顔だ。
ぽかぽかする。


「お前から、貰って下さいって差し出さなくちゃ、バレンタインはだめだ」

俺が一方的に奪っちゃだめなんだよぃと丸井君は私の知識にはない事を言った。
バレンタインは、私から差し出さなくちゃだめ。
うん、覚えた。
丸井君、来年も私からバレンタインに渡したら、よく覚えてたなって誉めてくれるかな?

そんなことを思いながら、袋を両手で掴んで、固まる。

うー……ん
こういう場合、どうすればいいんだろう。
ただ渡せばいいってわけじゃないんだよね。
なんて言えばいいんだろう…。

漫画じゃあ、好きですって言ってたけど、それを言えばいいのかな……。


「ま、丸井く、くん」
「お、おう」
「好き、です。受け取って、下さい…。?」
「あ、ああ、まあ、お前だけ特別に貰ってやるよぃ」

そういって丸井君はぷいっと顔を背ける。
顔は、凄く赤かった。
どうしたんだろう?


「頬っぺた赤くなってるよ?」
「う、うるせぇ、見んなっ!」
「でも、病気だったら」
「ちげぇからみんなっ」


そういって丸井君はバックから帽子を取り出して私に被せる。
真っ黒のハット付きの帽子を野球少年のように斜め向きに被せらた。
前が見にくい。


「………その、返事はさ」
「返事?」
「ホワイトデーのお返しっていえば理解出来るか?」
「うんっ、バレンタインデーの対になるやつだね。クッキーとかが返される日のこと」
「それさ、高校終わりのホワイトデーでいいか?」
「うーん、つまり…?」
「五年後のホワイトデーの日、ここで待ち合わせ」
「いいの!やった、じゃあ五年後のホワイトデーは一緒に帰れるんだね!」
「……うん。そう、そうだぜぃ。なあ、名前」
「なあに?」


丸井君は、珍しく私の名前を呼んだ。
浮わついていた気分が、また浮わつく。
今日はとってもいい日だなあ。


「だから、民法四編第二章」
「え?」
「民法四編第二章、その日まで、調べて、分かっとけ」
「え? え、えっと?みん……ほう?」
「そっか、お前、授業も参加してねえんだったな。いや、俺が止めろって言ったからだよな」

それなら、と丸井君は口を開いた。
確かに丸井君には、教室居ても、授業に参加するなって言われてるから、参加なんてしてないけれど。
それがどうかしたんだろうか?


「明日から勉強に参加しろ。授業に参加しろ。先生に分からないところは聞け。先生だけだったら、話すのを俺は許すし、大人だったら、日のあるうちは喋っていい。毎日放課後に図書館にいって、そして、勉強しろ」
「う、うん。丸井君がそう言うんだったら私はそうするよ。授業を受けて、毎日図書館に行く。勉強を頑張る」
「じゃあ約束。五年後のホワイトデーの日まで民法四編第二章を理解しておくこと」
「うん。約束」


指切り拳万
針千本飲ます
指切った


私達はそれから、一緒に帰った。

そして、私は次の日、教科書を開く。

隣の席にいた、細い目の男の子の教科書を開いたのだ。
彼は今まで授業に居ても参加しなかった私の事を気にする様子もなく、私が教科書を持ってないと言ったらすぐに机をくっ付けて、見せてくれた。

私がページの捲り方を聞くと流石に驚いた様子だったが、「初めて捲るのだったら、一人で捲ったほうがいいだろう」と、ページの捲り方を教えて、教科書を私に寄越した。
私は初めてだったので、辿々しい手付きで捲る。
すると、後ろにいた、眼鏡の人と、黒い肌をした人、そして、女の子達がいきなり拍手し初めて、肩をガタガタ揺らした。
な、なんなんだと思って、隣の席の人の顔を伺う。

伺ったその顔は、優しすぎて、私はビクリと体を震わせて教科書に視線を戻した。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -