「あれから結構たったよね、もうあの時が遠い昔のようだよ」
「昔ですよ、もう」
「それはそうだねぇ」


椅子から立ち上がる。柳生君の本を横目でみるともうエピローグ近い。話をきいていたのにあんだけ読み進めるなんて、柳生君ってもしかして私の話し上っ面だけできいていたのだろうか。
そんな疑問さえ沸き上がるほど、柳生君がページを読み進める速度は速かった。


「柳生君は柳君について何か知っている?」


一歩一歩慎重に踏みしめて歩くとギシギシと床が軋む。それにあわせて風が窓を蹴り上げる音を鳴らさせる
柳生君は捲り続けながら唇を尖らせた


「私が情報をもらすと思っていらっしゃるんですか」
「まさか、でも訊いておいて損はないと思ってねぇ」
「教えませんよ、あなたには」


そう? それは残念だ。
速度をあげ、柳生君の隣を通り過ぎ、柳生君から二メートルはあろうかというところに置かれた、柳生君からしたら丁度真後ろに位置するピンク色の本棚に乗り上げ、手をついて足をブラブラと揺らす。この姿勢ブランコを思い出させるなぁ
前後ろと揺らされる足はだんだんスピードをつけて、いろんなものにあたりながら減速していく、あ、本に足があたった。


「柳君に何かするつもりならばやめておいたほうがいい」
「おや、どうして?」
「何かするつもりだったんですか?」
「さあ、どうだろう」


はぐらかしながら柳生君の本を捲る指先を見つめる。綺麗な艶やかな指は蛍光灯の灯りで照らされて美しい
テニスをしているだなんて到底思えないような手だなあ


「柳君は壊れています」

「まあ、壊れている中では理性的なほうだとは思うけれどね」
「それは、どうでしょうか」


言葉に刺をつけるのはやめて欲しい、気になってしまうから。柳生君は楽しそうに最後のページを捲る。


「頼られると強くみせてしまう。なつかれると受け止めてしまいたくなる。好かれると好かれたい自分であろうとする。そんな虚栄心ばかりの人間が、理性的だなんて、傑作です」


喉の奥から嘲るように柳生君はクククと笑った。
つり上がった目が仁王君みたいだし、顔だけをみたら悪知恵を働かせる、悪人みたいだ。
いや実際彼は悪人だけど。



「ボロボロに剥がれていく顔の皮をみてあなたが幻滅しないことを祈るばかりですよ」


パタンと本が閉じられる。柳生君の本のタイトルはグリム童話。
残酷な物語が入り交じる子供向けの本
私が好きな赤い靴はグリム童話じゃなく、アンデルセン童話のほうに入っているので、なかなか見る機会がないのだが、柳生君が読んでいたところをみると無性に読みたくなってしまった。


「それって柳君の情報を教えたってことにならない?」
「誰でも見れば分かることをあなたは情報と呼ぶんですか?酷くおかしいことを言うんですね」


すっと柳生君は立ち上がる。本を元の場所に戻してくるのだろう、その姿は棚の奥に消えていく


虚栄心ばかりの人間が理性的だなんて、か。
ダブルスの二人はどうにも柳君にたいする評価が一定して低い。まったく、私が無理に柳のベットをつり上げたみたいになってるじゃないか。

喉の奥でひきつった笑い声をあげそうになる。
柳君は有能な人間だ。そのことにはかわりない、でも仁王君と柳生君には柳君という人間の違った側面が見えるらしい

仲間、だからかねぇ


足にあたった本をなんとなく気になって引き上げる、タイトルは『麻薬の依存性』。場面に合いすぎて少し笑ってしまった。喉の奥からひきつった音が出る



「………まだいたんですか」


酷い言い方をして戻ってきた柳生君は顔をくしゃりと歪めて私を見る。どうやら私という存在を両の目で見ることに嫌悪感を抱いているらしい。ならば片目だけで見て欲しいのだけど、顔を見る度に顔をしかめられているって結構くるんだから


「約束があるんだよ、ここで待ち合わせだから」
「仁王君なら来ませんよ」
「………どこまでも情報のまわりが良好なことで」


まあ仁王君が柳生君に自慢したとかそういう話だろうということにしておきたい。
彼の情報網の広さは柳君と並ぶとさえ言われているから薄気味悪い話はこれ以上聞きたくはないものなのだ


「ちなみにどうして仁王君こないの?」
「私が待ち合わせ場所を独断で変更しましたから」
「………相変わらず、嫌味な人だね」
「あなたにだけは言われたくありませんよ」


頬をきゅっとあげて、赤い唇を吊り上げる柳生君。堂に入った笑い方は挑発してるようにも見える

はあ、面倒くさい


「どこに待ち合わせ場所を変更したの?」
「携帯で連絡をとったら如何ですか」
「携帯は持ってないんだよ、残念ながら」
「なら私のをお貸ししましょうか?まあ部活中に彼が電話に気が付くかは私にも分かりませんが」

「君が仁王君に場所を変更したのを嘘だったと連絡すれば丸く収まりそうな話しなのだけど?」
「いやですよ。私が連絡してしまえばサボった事がバレてしまうじゃあありませんか」
「………」



柳生君、いっそう猛々しくなっちゃったなぁ。
誰のせいなんだろう。
誰のせいでもなさそうだけど。


「じゃあ君に教えてもらうしかないようだねぇ、何処を指定したの?」
「………分かりました。お教えしましょう。あの井戸ですよ。壊れた井戸、そこに変更させていただきました」
「時間は?」
「さあ、どうでしょう。もうそろそろ部活も掃除を残すのみという時間になりましたが、仁王君が掃除をやっていればまだ間に合うでしょうね。まあ仁王君が部活に参加していればの場合ですが」
「………はっ」

棚から下り、柳生君を睨む。柳生君、これが狙いであんな話をしていたのか、私が図書室から出て仁王君が部活に参加しているかいないからを確認させない為に。どんな意地悪だ。焦らせて何が楽しいんだろう柳生君は。

走る用意を開始する。
走るのは苦手なのに。
しかもあの井戸を指定するなんて、縁起が悪すぎる。不吉なことをしてくれたことだ。


「覚えておいてよ、柳生君」
「私はなにもしていませんよ」


柳生君はニヤニヤと笑みを隠さず笑っていた
その顔に悪態をつきながら足を動かし始めた。







  
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