勝たなくちゃ、駄目だった。
勝って優勝しなくちゃ、駄目だったんだ。










パラドックス

















負けたとき目の奥からきゅって気持ちが溢れてきて、気が付いたらポロポロと雫が溢れ落ちたことを今ではもう忘れてしまいたくなるけれど、覚えている。
仁王先輩が負けて、丸井先輩もジャッカル先輩も負けて、そして何より幸村先輩が、部長が負けて、立海が負けて、優勝旗が、いつも貰っているトロフィーが、青学に渡されて、準優勝おめでとうと渡されたトロフィーが部長に渡されて、ああもうこの人達とこうやって優勝を全力で狙うこともなくなるのかとそう思うといつも騙されてばかりの仁王先輩にも、ナルシスト気味の丸井先輩とも離れたくなくなって、もう一回時間が巻きもどればいいだなんて、子供過ぎる思考しか出来なくなる。

来年はかならず勝てよ。
真田先輩が帽子をクイッと地面に引き寄せながら、オレの頭を撫でる。
来年はオレ一人で頑張らなくちゃいけない、そう思うと頭が熱くなって何も考えることが出来なくなる。もう少しでいいから、幸村部長を――真田副部長を、いつものように呼んでいたい。でも、時間というのは残酷で、幸村部長も真田副部長も高校に上がるための準備をしなくちゃならないし、大体三年生だからこの夏で引退することになる。オレは真田副部長にいつも迷惑をかけてきたかもしれない、だったらここは。コクリと期待された首が縦運動をする。真田副部長は笑った。今まで見たことのない、向けられたことのない、優しい、優しい笑顔だった。

三年生の先輩達が部活にあんまり寄り付かなくなって分かったことは、柳生先輩と仁王先輩が外部受験を選択したという風の噂だけだった。あれから、何回か練習にきていた部長も副部長も、もう練習には来なくなった。きっと受験準備ってやつで忙しいんだろう。

幸村部長はあの大会から試合をするとき楽しそうにすることが多かったように見えた、とはいっても数回しか試合をしたところを見ていないけど、それでもテニスが好きで好きでたまらないという顔をしてプレーする幸村部長のことは今までよりもっと好きになりたくなる。あれだけのテニスをするのに、本当に楽しそうでオレも将来あんなのになりたいなだなんて、心の中だけで思った。


「赤也」



「どうだ、調子は」

柳先輩は一週間に三回は来てくれている。柳先輩がいると他の部員も気合いが入るので助かってはいるが、元々少し厳しめの幸村部長、激厳しめの真田副部長と違い過保護にまだ過を足しても文句がないほど厳しさがない柳先輩は基本的に相手の悪いところ指摘せず、褒めて褒めて褒めちぎる、可愛がりすぎる人だ。どうにも柳先輩が来ると他の選手達も褒めて欲しがるからいけない。でもま、音信不通になった先輩達よりは好きな人だ。にっこり、ブイ。笑って見せると朗らかにかえされる。保護者みたいな人。

「今日はどうしたんッスか?」
「幸村に少しばかり見てきてくれないかと頼まれてな」
「もー、部長が直接見にくればいいんッスよそんなの」
「幸村も忙しいんだ、我慢してやれ」
「それは分かってるんッスけど」

ぶすくれると柳先輩はオレの頭を撫でて、顔筋をゆっくりと動かし微笑する。
その笑みには何もない、ただの入れ物のように空っぽな様子が見える。
オレは目を疑った。
それは柳先輩の笑顔なんかじゃない、まるで柳先輩の顔を借りた誰かが柳先輩を無理やり作っていると言わんばかりの空虚さ。

「や、……やなぎせ」
「ああ、そうだ、赤也。お前に紹介したい人間がいるんだが、よかったら部活帰りに紹介させて欲しい」

柳先輩は口角をあげて笑う。その笑みは柳先輩にはお似合いで不釣り合いだった。






  
戻る
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -