「――――っ!」

それは瞬間だった。切原君が頭を抱え込む。
浅い呼吸。過呼吸になった彼は汗をポタポタ流しながら、精一杯息を吸い込もうと努力している。

本当に柳は恐ろしいなあ。
まさか、後輩の弱点すら網羅しているだなんて。

「はあっ……はあ!はあっ!」

このままいったら殴られてしまうらしいから、万事解決で私は嬉しいんだけど、これって覚えられてたらヤバいよねぇ?

大丈夫なのかなあ。

過呼吸に嗚咽が混じる。怨霊の叫び声が教室に飛び火する。撫でるかのように拡散して、霧散する。


幸村、精市
テニス部部長にして、学年有数の頭脳とリーダーシップの持ち主。性格は至って真面目で優しく、テニスが関わると何故か好戦的になるので二重人格説が浮上するほど温厚な人柄。
後輩思いで積極的に後輩の勉強などをみて、副部長の真田君とは対極をいくような優しいイメージを纏う、全国区のプレイヤー。
神の子、という異名を持ちながらも持ち前のルックスと気遣いから、クラスでは好い人とカテゴリーされるのが常で、校内の人気も仁王君と並ぶ程にある彼。

彼のことを私は好きではない。いろんな理由があるのだが、まあそこはおいておくとして、今は彼のたった一つともいえるだろう、人生の汚点の話。


彼は、屋上から飛び降りた。
比喩でも誇張でもなく、偽りなく本当に幸村精市という彼は自殺をしたのだ。
正確には、自殺未遂だった。確かあの時は、誰かによって濡れていたダリアの花壇に落下して、難を逃れたんだったと思う。運よく助かった彼は病院に運ばれ、何針を縫うような事態にはなったものの、命に別状はなかった。そのあと、何故自殺したのかとか口やかましく訊かれたらしいが、生きているだけで儲けもんだろう。(ちなみに自殺する瞬間を見ていたのはテニス部レギュラー陣だったらしい、なんともいえないものがあるよねぇ)

まあ、おかげで屋上への通路は基本立ち入り禁止になってしまったわけだけど、仕方がない。
そう言えば植太さんの自殺(と呼んでいいのかわからないが)は井戸の中だった。自殺の常套句である屋上を使わなかったのはこのせいだろう。
使わなかった、というか使えなかったが正解なんだろうけど。


「壊れた原因は自殺未遂、だったりするのかねぇ?」

焦点の定まりきらない目を見ながら私は嘲笑した。

まっ逆さまに落ちていく部長。
それを見ていた仲間達。
それはどんなに不幸は場面だったんだろうか。
それはどうなに陰鬱な場面だったんだろうか。

肩で息をすることをやめ、糸が途切れたように体を軟体動物化させた切原君は胸部を床に押さえつける。

「君は勝ったのにね」

あの全国大会優勝戦で柳君と一緒に歓喜にふるえていたはずなのにね。
床に這いつくばる姿は敗者そのものだった。
王者が跡形もなく崩れさり、残されたのはマントをきた哀れな愚者。声を枯らせて叫んだ国歌も、今やゴミ溜に吐き捨てられた燃えるゴミでしかない。

「可哀想なことだよ。同情しよう、君が望んでいないことを承知でね」

彼の頭を撫でた。
撫で心地は丸井君並みにある。

力の抜けきった切原君の目に生気が宿り始めた。

柳君が言う、強制リセットスイッチ。
切原君に襲われたら使うといいと教えられていた最終兵器。
リセットスイッチの暗号は『全国大会準優勝』
壊れてしまった立海の大切なキーワード





「はじめまして、切原赤也君、私柳君に頼まれてここにきたんだけどね、少し君の携帯を貸してくれないかなあ?」

震える瞳は光を恐れているように見えた。
不安一杯の切原君に優しい仮面を被り話し掛ける。


同情しよう、そう嘯いてみた。




(20111120≠道化は仮面を書き換える)




  
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