「頭がオカシイ、か」


私はそれだけの単語だけならば悪いとは思わない。
それは倫理的におかしいことかもしれないけれど、狂っていることに理由なんていらないし、悔いる必要なんてない。
狂って悪いことなど一つだってない。
私はそう思っている。
だから、目の前の彼が辛そうに目を伏せる理由が私には理解しずらい。


「私には君がオカシイようには見えないけど」
「じゃあオレは先輩にはまだ手を出してないんッスね?」
「言い方が妙だね。まるで私に手を出していないかいるのか分からないみたいじゃないか。まるで記憶がないと言わんばかりにね」
赤也君が黙り込む。鬱掘した雰囲気があたりをさ迷う。
「…………。オレは、柳さんに言われてます。頭が沸騰する前に、できれば頭が熱を帯びたと感じたら目の前の人間に警告をしろって。それでも目の前の人間がまだ存在するようであれば今の自分の気持ちを素直に話せって」

答えにならない答えをかえされた、でもまあ、彼ならばしょうがないかなんかと思う自分がいる。
さっきも会話という会話が出来ていなかったし。

「ふうん。で、君の気持ちとやらをお聞かせ願いたいんだけど、いったい君は何を抱いているの?」
「アンタ、なんでそんなに気持ち悪いの?」



あらら、気持ち悪いとは言われたものだ。
言い得て妙とはこのことだけど。
切原君は続ける。
口を開く。パクパク、金魚のようだ。



「なんで自殺っていう言葉をきいてなんにも思わないんだよ!近くの学校で人が死んでんだ!なのになんでそんな足し算か引き算があったみたいに平然とした顔で話してられんだよ!ばっかじゃねえの!?感情が死んでんのか?違うだろ?なのになんで依然とした態度なんだよ!」


普通の倫理。

世間話をした筈なのにこんなに激怒されるとは思わなかった。
とはいえ多感な時期に人が死んだのを、しかも自分と同じくらいの年頃の学生が死んだのを嬉嬉として話しちゃ駄目か。


「アンタだけじゃない。この学校の奴らだってそうだ。なんでそんなに平穏じゃない異常を『受け入れない』!何故なかったことにする?なんでなかったことにしてんだ!」

いつものように
いつものように仁王君を追いかけて
いつものように友達と帰って
いつものように補修なんてサボっちゃって
日常
非日常からの逃避行
いつも通り
この学校は何時もと同じ
誰も違う行動をとらない
それがこの学校のルール
常識。

「オレは頭が可笑しい!狂ってる!でもあんたらのほうがずっと気が狂ってる!オレは、オレはまともだ!あんたらみたいな奴らよりはよっぽどっ、まともだ!」
「…………」


ほんとうに……まともだ。
この学校では珍しく正論を口にしている彼に驚く。一般的な者の思考回路なんて、久しぶり聴いた気がする。

…普通。
とてもじゃないけど仁王君のいっこ下とは思えない普通さだ。
いきなり空気を消したいからあなたを殺す、とか麻薬の現場を押さえられたから殺すとかも言わない。
普通の会話。

切原君って、もしかして立海が壊れた後にきた転校生さん?
うわぁ、転校先間違えちゃったねぇ。

「自殺したんだ。自殺なんだぞ?オレ達みたいな学生が、オレ達だってするかもしれない自殺をしたんだぞ!」

………いや、ちょっと待て。
そう言えば転校生の話しなんて聞いてないし、柳君からも転校生の話しは出てない。通常の思考回路を有している人間がいたら話しにのぼりそうなものだけど、それもなかった。
ってことは、切原君は元からいた在校生ってことになるよね。
切原君にいきなりスイッチが入ったのは、自殺の話を切り出してから。
それと、昔からの在校生をかんがみると。

……ふぅん、成る程。
納得するよ
確かに、それはいけないことだねぇ、切原君。


「でも、知っているかい、切原君」

両手をあげる。動作は大きくしなければやっている意味がない。

「世界の人口は今や七十億を越してしまっている。太陽程の大きさもない惑星にしては居すぎなぐらいだよ。だからさ、人は毎日生まれては死に、死んでは生まれのサイクルを種族同士でしている。自分の種族が増えすぎないようにね。増えすぎてしまったら、それこそ夢物語のように酸素がなくなるだろうから、毎日必死さ。生まれ、死んで、死んで生まれて」

切原君は目をぱちくりとさせた。だからなんなんだ、そう言いたげ。笑いたくなる。唇を吊り上げた。

「何百とある死に方。生まれ方は一つなのに、なんとまあ嘆かわしいことなのかなぁ。っと、これは独り言だよ。話を続けよう。生まれてくれば死んでいく命がある。病死、老衰、他殺、発狂死、水死に火死、圧死に、衰弱死、飢餓で死ぬ人だっている。みんな死んでいく、脆い剣。私はその生死のサイクルの中に自殺という死のサイクルがあることを普通だと思っているよ、切原君。いろいろな死に方で死んでいく人がいるなかで自殺は結構な範囲いるであろうことも、ね。こういったらわかりやすいかな?世界に、この国に、この神奈川に、この町に、今なお現在進行形で自殺をはかる人が、自殺をした人が、大勢いるんだよ?」

伸ばした手を切原君に向けた。
切原君は黙ったまま、私の話を聞いていた。

「そうじゃなくたって私達には馴染みが深いじゃじゃないか。自殺だなんて、単語はさ。そう、君達のテニス部の部長さんのことだよ。切原赤也君」

目を見開いたまま動かない切原君。
それを見ている私は口元を緩めることなく吊り上げる。

「どこかで聞き覚えがあると思えばあの全国大会決勝戦、柳君とペアを組んだ二年生の子じゃないか。いやあ、びっくりしたよ。そう言えば柳君も君のことで一家言言っていたな。ふふ、今さら思い出すだなんて、まったく意味がないのだけどね?それにしても、そうか、君は先輩のこと大好きなんだねぇ、うらやましい限りだよ。私の部活は部員がいなくてね、先輩を敬う気持ちも後輩を思いやる気持ちもわからないんだ。困ったものだろう?」
「あ……あんたっ」
「そうだ、切原君。言うの忘れていたよ。どうも私は言うことを後回しにしちゃう癖があるなぁ。なおさないといけないところだよ。まあ、なおす気なんてあんまりないんだけどね。……全国大会、準優勝おめでとう、切原君」





  
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