「というか先輩こそ、頭よくないんじゃないですか?補習を受けるだなんて。先輩、二十×三は?」
「六十」


というかそれは先輩にたいして舐めきりすぎだから。


「……な、なんで分かるんッスか?」
「切原君よりは頭が馬鹿じゃないから、かな」
「オレもそんぐらいわかりますよ!」


一足す一は分からなかった人がかけ算が分かるという不思議な状態になりつつある話題を、無理やり逸らしてみる。


「先生、いないねぇ」
「無理やり話し逸らしましたね」
「逸らす話が話じゃなかったような気がするけどね」
「それはつまり!………どういうことッスか?」
「いや、私にふられても」


くそぅと悔しそうにする切原君が私はもう意味が分からない、この子に一貫した話題がふれない……。


「で、先生はどこに言っちゃったの?」
「えーと、『切原だけか、じゃあお前に教えても意味がないから俺は解散する。部活時間になったら部活行っていいからな!じゃあ!』って言って帰ったッスよ!」


物真似したのか切原は先生が言ったと思われるフレーズを低い声で口にした。
私はその先生は知らないけれどきっと切原君が真似をしたような先生はいないはずだ。

粘っこくて、はあはあ言ってて一瞬ロリータな趣味を持つ人にきこえてしまった。
ある意味で魔性の声過ぎる。柳君の声と真逆をとろうとしているのだろうかこの子。


「帰らせちゃったの?先生」
「いや、先生は職員室いったッス」
「ちなみに切原君、先生達はどこに住んでいると思う?」
「なに言ってんッスか、職員室に決まってますしょ!」


ごめんなさい、誰かこの子を助けあげて。
主に柳君とか柳君とかさ


「………まあ、切原君が残ってなくても今日は先生達は会議があるから補習を見てくれるってことはなかったんだけどねぇ」
「え、じゃあオレ補習やってる意味ないじゃないですか!そういうのあれでしょ?無賃労働ってやつでしょ?!最悪だ」
「学生が無賃労働とは大それたことを言うんだね……」


姿勢をただして、黒板のほうに向き直る。シャーペンをとって、ノートにガリガリと書く。会話と勉強を並行に行っていないと先生が様子でも見にきたときに面倒だからなぁ。


懐かしい因数分解を解く。
数学ってルートで止まっていたら皆幸せだっただろうに。



「でもしょうがないよ。結構近い場所で自殺が行われたらしいからねぇ。先生達も立海の生徒達にそんな思考がうつらないようにしたいだろうから、今は作戦会議ってやつなんだろうなぁ。まったく、自殺する人間の気がしれないねぇ。死ぬことは、自分の為に死ぬことは怖いというのにね」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


盛大な沈黙。
切原君、こういう血生臭いやつ嫌いなんだろうか。なんて思いはじめた一分とたっているようでたっていない時間。
後ろからおかしな衝撃音が発生した。
地面が割れたような音、雷が落ちたような激しい音。

振り返ると切原君は
彼は机を蹴り飛ばしていた。その机は後ろの机を薙ぎ倒す形で倒れていき、ドミノ状に机が倒れていく。
彼の教科書がスキーのように滑る。シャーペンがあちこちに芯を撒き散らしながらゆったりと床に寝そべった。


ドスン、机が薄っぺらい紙みたいに倒れていく、床にブラックホールができた錯覚に襲われながら、列の最後の机が倒れる。

いきなりで状況を咀嚼することが出来ない。なんだ、いきなりなんで彼はこんなことを?

切原君をみる。脅かしただけだよと笑っているだろうと思ったけど、それは間違いだった。
彼は小さく吐息をもらして立ち尽くしていただけ。その顔には驚きが現れていた、目を見開いて際限なく状況を認識しようと目玉が左右に上下に動いている。
時折その動きは緩慢な視線をして私を射抜く。瞳は不安定に揺れていて、涙が滲む。

信じられない。自分じゃない、違う、違う。


「君は、なにをしているの?」


自分でも驚くぐらい抑揚がなかった。冷たい空気を帯びた二酸化炭素。切原君はその声に肩を過剰に揺らしてこたえる。


「……オレじゃあ…」
「でも机を蹴ったのは、君だよ」
「………っ」


唇を噛み締めて、俯く彼に酷いことをしたと思いながら、私は彼が座っていた椅子を正常な状態に戻す。

その後に机を元に戻そうとして、力ある腕がそれを手伝った。腕をたどりみると歯をくいしばっていた切原君が申し訳なさそうに眉を潜めている。

「………すいません」


机をなおして、切原君はそう小さな蚊の啼くような声で呟いた。


「オレ、頭可笑しいんッスよ」
「この学校に頭がおかしくない人間がいるなら教えて欲しいものだねぇ」

「………おかしな先輩ッスね、アンタ」
「この学校の生徒だからねぇ、しょうがないよ」
「……」


そのまま黙ってしまった切原君をしょうがなく思いながら椅子に腰掛け直す。





  
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