騙したところでなにが変わる?










パラドックス
















「やあ、仁王君」


保健室前に佇む、その人物に手を上げて呼び掛けるとさ迷っていた視点が緩やかにこちらを見つめた。
銀色にも酷似した髪の毛が揺れる。
猫背で丸まっていた背中がピンとはりつめるように伸ばされた。
無表情で何も顔から読み取れないが、どこか機嫌は良さそうだ。

彼の周りからは濃厚なチョコのように甘い香りが漂ってきて、鼻腔を擽る。


「ふふ、今日もいい匂いだよね、仁王君って。どうしたらそんなに美味しそうな匂いになるのかな?まるで快楽的なとってもいい香り。目眩がしそうだよ」
「………」
「また、だんまり?困ったなぁ。君に尋ねたいことがあったのだけど、無理矢理口を開かせるしか方法がないかな?」


無言を決め込む仁王君に肩をわざとらしく竦めてみせる。
私を真っ直ぐ見つめていた仁王君は小さく吐息を吐き出して、まるで嫌々だとでもいうかのように、たどたどしい口調で、答える。

「………そんなんせんでいい」
「あれ、そう?私は結構乗る気だったのに残念だなあ。じゃあ、またの機会にね?仁王君」
「………で? 話しってなんじゃ」


急かすように語尾を強められた。
まあ、無理を言ってここまで来て貰ったわけだし、急ぐのも分かる。
でも、そう急がれると引き留めたくなるのが人間というやつだろう。

彼の肩に触れて、宥めるように撫でる。

彼は触れると少しだけ体を強張らせたがすぐになんにもなかったかのように元に戻した。


「そう急がないでよ。こないだは醜態を見せてしまって申し訳ないって、これでも思っているんだよ?そういう失態をカバーするように印象的な逢い引きにしたいんだ」
「よく言うのう」
「ふふ、減らず口はお嫌いかい?」
「まさか、大好きじゃ」
「それはよかった」


二人揃って笑みにならない笑みを浮かべる。
まるで裏の探り合いのようなスリルに体の先が沸き立つように熱くなっていく。
仁王君とは柳君とはまた違った関係でありながら、立場上は殆ど同じだ。
そういうところを私は結構、気に入っているんだろうねえ。
なんて嘯きながら、ああそうだったと思い出した。
ポケットから黒いハンカチを取り出す、手触りがいい、羊の毛のようなもので出来た一級品、汚すにはもったいないそれを仁王君に見えるよう掲げた。


「ああ、そうだお話しの前にこれをお返しするよ。君が渡した相手でなくて申し訳ないけど代理ということで我慢してくれないかな?」
「…ハンカチ」
「そう、君と私のお揃いの漆黒のハンカチだよ。君は他の女性にあげてしまったようだけどね?」
「お前さんには言われたくなか」
「おや、なんだい、拗ねているの?弱ったなぁ。仁王君は拗ねると手がつけられなくなるから、あまり拗ねて欲しくないのだけど。そんなに嫌だったの?」
「なにがじゃ」
「私が植太さんにこのハンカチをプレゼントしたこと」
「………」

沈黙が肯定を公定する。
分かりやすいなぁ、仁王君は本当に。
でも、分かり易すぎて、逆に分かりにくいよ。
苦笑を溢しつつ彼にハンカチを返すと金色かがった目で力の限り睨まれた。
恐い恐いと思いながら笑うと舌打ちが聞こえた
仁王君、ガラが悪いなあ。

「私のハンカチは何処にやったのか、参考限りに聞いてもいいかな?」
「………ハッ、植太麗子が切り刻んだに決まっとるじゃろ、お前さん、馬鹿じゃなあ、あいつは嬉々として刻んどった。今までの恨みを込めて、のう」

うーん、恨みをか、頭とか踏んじゃってたしやられるよねぇ。
植太さんが嬉々として刻んでいく姿が目に浮かぶ。いきなり飛び出した相手が残した黒いハンカチ。彼女ならボロボロの古雑巾にする、絶対する。




だって植太麗子さんだもんなぁ。


「その刻まれたハンカチは何処にいったのかな?流石に変なところで見つかったら君に悪いからねぇ、あれはお揃いで買ったんだし、発見されれば面倒くさいことになるからねえ」
「どこにいったと思う?」

しらっと薄い笑みを浮かべた仁王君はまるで自分はなんでもお見通しであるというかのようだ。

その確信満ち足りた目に波紋の波を浮かばせたくて、一石を投じるように厭らしい笑みを作り、上擦った声で答える。


「さあ、どこだろう、もしかしたら近くにあるんじゃないのかな?近く、すぐ近くに、ね」

そういいながら、壁にもたれ掛かっている彼を見るとバツが悪そうに視線を逸らされた。


「ははん、仁王君、君、もしかしてポケットの中にその刻まれたっていうハンカチを隠し持っているわけじゃないよね?」
「…………不愉快じゃ、なんで俺がお前さんのハンカチなんか持っとらんといけんのじゃ」
「ふーん、じゃあ保健室のゴミ箱の中にでも放り投げたのかな?それともライターで燃やした?まあ、どっちでもいいよ。私にとってみればあれは枷でしかなかったわけだしねぇ?君と私とを縛る鎖はまた一つ、消えてしまったわけだ」


君の思惑とは真逆をいく、愉快だよねぇ。悦楽に浸るようににっこりと笑ってみせると、眉を潜めて、不快感を張り付けるように仁王君は笑った。
私が大好きな不快感を顕にした不幸せな笑み。見ているだけで安心するその笑みは彼独特のものだ、彼と少なからずつるんでいる理由はそこにある。

彼は私に安心と安定を提供してくれる、しかも無意識の内に。


「とはいえ、君が持っているというのならば話しは別だよ。私は君が持っているそれを、大切に大切に保管して定期入れの中にでも飾っておいてあげるよ。これで繋がりは消えず、枷は残る。勿論、君がそれを持ってさえいてくれていたらの話しだけどねぇ」


舌打ちがされる。
全く、品がない。この頃柳君と一緒にいたせいかそういうところに敏感になってしまった。

でも、仁王君にやられるとどうも似合いすぎていて笑いが溢れてくる。
不良青年とはよくいったものだよねぇ
銀色に見える髪を一瞥して、彼の口の動きに注目する。彼の口は言葉にならない動きを二三回繰り返したのちに、しょうがないというかのように開かれた。





  
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