「人間は愚か、だよねぇ。夢も希望も願望や欲望も、全て暗い死という海に投げ出せばいいものを。それを畏れるだなんて、欲深いにも程がある」
「………」
「死は誰よりも寛大だよ。神より寛大で有らせられる。まったく、産み落としたものよりも寛大であるだなんて、尊敬の念さえ与えて然るべき存在だよ」


とはいえ、死というのは概念で、私が生き終わった後、果たして死というそれにたどり着けるのかというのは分からないのだけれども。
生者からみてそれは死なのだろうが
死者からみてそれが死であるとはいえない。
死者が本当に死んでいるといっていいのかと同じように。
それについて、生者はなにも分からないのだから。



柳君はプイッとそっぽを向いた。まあそんな表現をしても柳君は長身の麗人であるため、可愛いというよりはかっこいい。
拗ねている、というか普通に機嫌が悪そうだ。
といえ、柳君は月のあの下りの前にはもうこんなちょっとふて腐れているという感じだったため、機嫌を繕おうとはしない。
柳君は歩みを緩めて、私を振り返らせる。
その瞳には僅かに不快を、負荷を抱いていた



「今日は、よく喋るものだな」
「ちょっと機嫌が良くてねえ。いい気分なんだ、とてもね。柳君は違うようだけど、ね?」
「嗚呼、俺は苛立っている。どうやらお前に当たっているようだ、心が狭くて申し訳ないがな」
「気にしていないよ。ふふふ、柳君が苛立っている様子なんて見られないからねぇ、私の機嫌は増すばかりさ。もっと当たってくれてもいいくらいだよ」


いや、流石にこれは被虐趣味があると勘違いされるかなあ。もっと、丸め込んだ言い方が良かったかもしれない。
柳君だからそう誤解はしないのだろうけれども。

柳君は拗ねたような顔のまま、低い心地いい声で私を睨むように(これは比喩だけど)見ると、眉を吊り上げた


「お前は死ぬのが怖いのではなかったのか?」
「ああ、あれ。あれは嘯いただけだよ。だってらしい理由が思い付かなかったんだ。困ったことにねぇ。もっとも、柳君なら見切っているだろうと話を進めた次第なんだけど。私が死ぬのを嫌っているように思える?」
「まさか、お前とここまで四つほどの事件で連携を取り合って来たが、死ぬの以前に死を畏れるような仕草を見たことがない」
「だろうねぇ。だって私は死なんて怖くなどないから」
「嘘つき」
「嘯いたと言って欲しいものだよ、とぼけただけなんだからさ。あそこにいた理由が他にあるけど、気になって彼処にいたのは本当だよ」
「それは分かっている」



柳君の尖った口元が緩められる。
少しは不快が解消されたらしい。
睨んでみていたような瞳の鋭さは少なくなり、眉が少し下がる。





  
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