珍しい。
柳君は、畳み掛ける。
怒声ではないのに、怒っているような不思議な感覚に見舞われる。




「植太麗子は、星をまた見に行きたいと言っていました。大好きな母と見た、あの綺麗で幻想的な星空を見に行きたいと、子供のように無邪気に笑い、言っていました」
「………」
「どうかその言葉だけは嘘だと思わずに受け取って下さい。………行こう名前」
「へ?……あ、ああ、うん。行こうか柳君。もう遅いしね」
「今日はありがとうございました」


柳君は植太諜花さんに一礼すると靴をすらりと履いて私の靴を履くのを待ってくれた。
なんだか負けた気分だ。
どうしてこんなに私は靴を履くのが遅いのだろう、いや、柳君が早履きさんなのか?
とはいえ、早すぎる。防災訓練で靴に履き替えて運動場に走っていっても問題ないぐらい早い。

崩れた蝶々結びを直す。
靴が履けたのを確認すると柳くんは手を差し出して引っ張り上げてくれた。


「ねえ、あなた達」


植太諜花さんの声が後ろからかすかに聞こえた。
声が枯れているのかというぐらいのその音量に驚きながらも後ろを振り向く。
植太諜花さんは無表情のまま、手を組み神にでも祈っているかのように頭を手の先に当てていた。


「私は、その気持ちを受け取れないわ」
「それは何故ですか」


柳君は植太諜花さんに言葉を返し、続きを促す。
植太諜花さんはそれに答えるように先を続けた

「私はね。あの人の事が好き。私はあの人の事が好きだから、あの人の命令が一番大切。それが守れないならば、私は死んでもいいと思っている」


だから、なんなのだろうか。
私は会話に参加しない、しかしながら心の中でそう思った

植太徹二さんが好き
だから、命令は絶対
だから、娘の気持ちは受け取れない?

それじゃあまるで娘に愛されるなとでも命令されたとでも言わんばかりだ。

しかし彼がそんな独占欲染みたことを言うような人間とは到底思えない


「それと同じぐらい私は彼のお願いを聞いて上げたい。命令と同じように。できなかったら死んでもいい、それぐらい叶えさせてあげたい。そう思っている。だから『俺の事だけを愛して、俺だけに愛されろ。俺もお前だけを愛する』と願ったあの人の為にも、私はその気持ちは受け取れない。例え、それが実の娘であろうとも、私の愛する夫の願いには叶わない」


まるで、それが私の愛し方だと言わんばかりに植太諜花さんは言い切って見せた。
凛と美しい、見習いたい程の綺麗な愛し方

しかし、それは不倫をされているという事実を消しての話である。
事実に目を向ける、それが出来ないのはもしかしたら親子揃ってなのかもしれない。
過去にすがるその姿が、植太さんと重なりみっともなく感じる。
事実は違う。違い過ぎる。
彼女は不倫されている。植太徹二さんは彼女を裏切っている。
彼女が語ったのは随分と過去のお話しなのだろう。人間は未来に行く、過去は過去だ。その思いでさえ口約束の虚像に過ぎない。

滑稽も酷刑
憐れみさえ浮かべられそうだ。
久方振りに笑いが溢れ出す。

願い?
叶える?
なんだい、それ。
まるで今を活きていないような約束にすがって何をしている?
今は今だ。
今だけでしかない。
それは君の妄想でしょう
彼はあなたのことなんか愛していない。
夫に名前で呼ばれていないなんて、それは愛されていない証拠じゃないか



「ねえ、植太諜花さん」
「なに、かしら」
「あなたという人はきっと可哀想な人なんだろうね。ねぇ知っている?植太徹二さんはね、あなたを裏切って浮気をしているんだよ。しかも君なんかよりも綺麗で若々しくて、賢い女の子と、ね。あなたは気付いているかな? 気付いているよね? 気付いている筈だ。あなたは賢い、知らない筈がない」
「……っ」
「ねぇ、可哀想な植太諜花さん。植太麗子さんは植太徹二さんの変わりだから可愛がっていたんだよね? 植太徹二さんによく似ているから、夫の変わりに星を見に行ったりしたんでしょう? いいお人形さんだったわけだよね、あなたの娘さんは。それで戸籍上死んだことになったら愛してないだなんて、見上げた根性だよ。自惚れないで、君は美しい悲劇のヒロインじゃなくて最悪の母親だよ。自己陶酔に酔いしれないでくれないかな?鬱陶しい」


何故彼女がここで一人で待っていたのか
それは誰かに聞かれないため。
何故私達に植太徹二さんが不利になるような情報を与えたのか?

植太麗子が生きていたとなれば学校側との計画がおじゃんになる可能性が高い。
それを柳君に―――学校側の学生に喋る。
それは何故か
学校側は植太麗子がいじめを苦に自殺したということから植太徹二さんと契約を交わした。
それが違うとなるとなると契約は破棄されるだろう

それを教えたのは何故なのか
それを教えてしまうのは裏切り行為ではないのか?

その理由を分からないような脳みそを私は持っていない。
ではでは徹底的に壊させて頂きますとしましょうか


「どうせあなたはお約束を守らない、いや守れていないんだから。娘の事も認めて、愛してあげたらいいんじゃないのかい?裏切りには裏切りを持って復讐べきだよ」



復讐。
有り余るような陳腐な言葉だか、それは恐ろしい憎悪と憎愛で出来ている甘美な言葉
その味をせしめればもう、病み付きになってしまうであろう、魅力的な行為


「愛しているならなおのこと、愛し方は自由だけど、その自由で愛されなくなるならば意味がない。付き従うというのがあまりにもいいというのならば邪魔はしないけど、一般論を唱えるとするならば、不倫をする人間は裏切れて痛い目を見て、そのあとに土下座で謝らせることによってやっと気が晴れるようなものだよ」


隣で柳君が口パクで『それは一般論とは言わない』と突っ込みを入れてきた。
個人的なこと過ぎただろうか。いやでもまあ、このくらいしたら大体の女性は嫌ようなしに気がはれるだろうから、多少なりとも賛同は獲られるはずだ。


「あなたのソレは復讐というには小さすぎる、もっと大胆不敵に笑ってみせられるようなものでないと駄目だよ。私達学生に事実を言うってだけじゃ芸が無さすぎるんだよ。もっともっと大きな夢でなくちゃ、ね」
「大きな、夢……」
「まあ、取り敢えず最初は娘のことを愛してあげることから始めるといい。君が生んだ二人の娘さんはとてもバラエティーに飛んだ人達だからねぇ。もしかしたらいい復讐方法が見つかるんじゃないのかな?」
「娘……」
「そう、娘だよ。あの二人はあなたの娘さんだよ、植太諜花さん。抱き締めてあげて。その後にゆっくりとお話しでもすればいい。なに、時間は掛ければ掛けるほど復讐というのは楽しいもの」


足の爪先でトントン拍子を鳴らす。
彼女の、植太諜花さんの瞳には憎愛の感情が見え隠れする
その綺麗な顔には、歪んだ笑みが浮かび上がった。


「復讐とはすなわち愛情だ。一瞬だけでも幸福になりたいのなら、復讐しなくてはならない。復讐は野蛮であるほど好まれる。復讐と恋愛においては、女は男よりも野蛮であるという格言もあるくらいだしね?」
「…復讐」
「そう、それは即ち愛だよ。愛しているのに裏切られたらそれ以外の方法なんて皆無だ。裏切りには復讐を持って愛するべきだ」


彼女の顔は無感情とは程遠い色を帯びさせ、瞳には信念の思いが見える
溢れだして止まらないその思いはドロドロとした感情と共に増幅していく。

愛を受けなくなった彼女の復讐方法
これだけの思いを秘めているのだとしたら、必ず成功するだろう


「うふふふふふふふふふふふふっ。ありがとう、学生さん。あなたのおかげで頑張ることが出来たわ。敬語でお話ししてくれなかったのぐらい、目を瞑ってもお釣りがきそうね。うふふっ」


目を瞑る
お役に立てれば何よりだ。

「それでは、失礼させて頂きます」
「ああ、もう帰っちゃうの?また来て頂戴ね?」



後ろから聞こえる声に聞こえないフリをして、また歩き出した

ここからは彼女のお話だ。私が知るよしも、知るべきでもない

そろそろ私のルートに戻らせて頂こう



(20110430≠自供は取れた。これから尋問を始めよう)





  
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