「こいつは誰だ」
「………」


柳君がそういったのは、死体を眺めて五秒ほどたってからだった。彼は目をさらに細めるようにして彼女を観察していた。指が植太さんの頬を滑ると、髪の毛を緩く引っ張った。
そして、続ける


「この死体は誰だ。植太麗子とは――明らかに違うぞ」
「……そうだろうね」



黒子の位置が違う。
本来ならばそんなことをわざわざしなくてもいいだろうに書き換えられている。
書き上げられている、否、書き上げなければならなかった。
写真と同じように
同じようにしなければならなかった

本人ならば、そんなことをする必要はない
絶対に有り得ないのだ
ならば、何故か


「これは、植太麗子の死体ではない。もっと別の人間の死体だ。ご丁寧に水死体だがな。一体こいつは誰だ」
「分からないよ、たぶん植太徹二さんあたりが調達してきたんじゃないかな。胸くそが悪くなる話しだけどねぇ、彼には人情がないのか、理性がないのか。娘の死体をあろうことか他人と取り替えるだなんてね」


それは、植太さんの死体ではないから。
植太さんの死体ではないから、だから、写真通りに黒子を書かなくてはいけなかった。
本当とは真逆の位置に
書かなくてはいけなくなった
本人に見せかけるために


「……いや、待て、植太麗子が死んでいたとするならば、取り替える必要などないだろう」
「じゃあ君は植太さんが生きているっていうのかい?あの状態で?」


そんなの絶対にない
お腹はパンパンに膨れて、見るに絶えない死体の姿だったというのに、生きていただなんて、あり得ない。あり得てたまるものか。



「あの状態であっても生きていなかったという証拠はどこにもないだろう」
「じゃあ逆も言えるよねぇ、生きているという証拠もないはずだよ」
「しかし、それでは何故別の死体が使われる?」
「事情があったのかも知れないよ。例えば、娘を早く弔って上げたくてお葬式前に火葬してしまったとかね」
「それでは不十分な動機過ぎる、大体式を前に弔うのはあまりにも罰当たりだろう」
「罰当たりでもなんでも、早く弔ってあげたいと思ったかもしれないよ?」
「植太徹二がそのようなことをする人間とは思えない」
「彼女には母親がいるじゃないか、彼女が弔った可能性は否定出来ない筈だよ」


珍しいことに柳君と意見が食い違っている。
どうしたことだろうか。
彼もあれは見ているはずなのに
あの死体を、見ているはずなのに



「――――植太さんが生きていてもいなくても、一旦それは置いておこう。柳君、君はなんで植太さんじゃないとこの死体を見て分かったの?」


意見の食い違いをしているようでは話が進まない、植太さんが生きている、死んでいるはさておいて、彼が何故これが植太麗子さんではないと見ただけで分かったのか、それを聞くことにした


「髪が切られていなかったからだ。俺はあの時手伝いとして彼女を一緒に運んだからな、よく覚えている。彼女の髪の毛はまるでハサミか何かで切られたような跡があった」


柳君も不毛の議論だと分かったのだろう、深くは追求せずに事情を説明してきてくれる


「ハサミで切られた……?」


私はあのときそんな跡は見ていない、確かに死体を確認させて貰ったが、髪の毛にそんな異常は見受けられなかったはずだ


「ああ、ざっくりと前髪を滅茶苦茶に切られていた。横髪も切られていたぞ。切り口からセラミック製のハサミだと思われるが、それにしては乱雑な切り口だったな」
「ハサミで切られた跡が…あった。本当に?」
「写真を撮っていたら良かったのだろうが、生憎学校でだったのでな。しかし、本当だ。植太麗子は切られていた」
「切り刻まれて―――いた」
「ああ」



記憶と合わない、どうしたことだろうか。
私の記憶が間違いなわけはないだろう、流石に髪の毛がそんなに切り刻まれていたら私だって気付く。
でも、柳君が今嘘を付く必要はない。
髪を切られていただなんてことを言ったとして得になることなどないのだから


じゃあ、何故こんなに死体の状態が違うんだろうか




「今触ったところ、この髪の毛は地毛だ。カツラではないし、ウィッグでもない、しかし、これだけ前髪が長いとなると切られた様子もない。となれば偽物だと思った、それだけだ。あとはお前の話しを聞いて、確証を得た。髪を切った切っていないはともかく、本物ならば書き換える必要はどこにもないからな」


そう、柳君は言って植太さんの頬に指を滑らせる。
いや、もうこれは植太さんじゃないと仮定されたばかりだったか。
少女Aとでもしておくとして、柳君は少女Aの頬に指を滑らせる。

この少女Aは植太麗子さんのかわりに植太麗子として葬られる末路になっていたわけか

この少女Aが何故こんなところにいるのかは分からない
知りたくも、別段ない
葬られる時に他人のフリをしなければならない死体のことを知りたいとも思えない
その少女Aの人生も同じぐらい知りたくない
知らなくて、それはいいものだ






  
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